ブランディングプロジェクトでは、企業やブランドのフィロソフィー、ミッション、ビジョン、パーパス、ブランドプロミスなどを言語化することがあります。
時間をかけて議論し、自分たちらしい言葉が完成すると、それだけで大きな仕事を成し遂げたような感覚になります。
実際、企業やブランドが何を信じ、顧客や社会にどのような価値を提供したいのかを言語化することは重要です。
一方で、フィロソフィーやブランドのコアを言語化した後、次に何をすればよいのかは、意外と分かりにくいものです。
- 次にどの商品を強化するのか
- 新しい商品を作るべきなのか
- どの顧客や用途へ広げるのか
- ECや店舗で何を伝えるのか
- 新しい企画がブランドらしいかをどう判断するのか
- ブランド価値を、どのように売上へつなげるのか
こうした具体的な問いに対して、フィロソフィーがそのまま答えを教えてくれるわけではありません。
フィロソフィーやブランドのコアは、具体的な施策の答えではなく、選択肢を考え、判断するための基準です。
その基準を、商品、用途、顧客体験、顧客が商品を必要とする場面へ接続する工程が必要になります。
前回の記事では、用途開発とCategory Entry Point、いわゆるCEPの違いについて整理しました。
用途開発は商品側から使われ方を広げる発想であり、CEPは顧客が商品カテゴリーやブランドを思い出す場面を捉える考え方です。
今回は、用途開発とCEPをブランディングプロジェクトの中でどのように活用し、ブランドの本質的価値を商品と市場へ接続するのかを考えます。
本記事で扱う全体の流れ
- フィロソフィーとブランドのコアを言語化する。ブランドが何を信じ、顧客にどのような価値を約束するのかを明確にします。
- その約束を支える能力や根拠を整理する。技術、品質、歴史、美意識、顧客理解など、自社がその価値を提供できる理由を確認します。
- 現在の顧客認識とCEPを把握する。自社が考えるブランド像と、顧客が実際に感じている価値や利用場面の差を確認します。
- 用途とCEPの可能性を広げる。ブランドのコアを、どのような商品、用途、顧客、需要場面へ展開できるかを考えます。
- ブランドのコアとの一貫性を確認する。広げた可能性の中から、そのブランドが提供する必然性と実現可能性があるものを選びます。
- 市場へ展開し、顧客認識の変化を検証する。新しい用途やCEPを獲得できたか、ブランド価値を薄めていないかを確認し、必要に応じて修正します。
ここから、それぞれの工程を具体的に見ていきます。
フィロソフィーとブランドのコアでは、何を言語化するのか
まず前提として、フィロソフィーにもブランドのコアにも、必ずこの形式で作らなければならないという統一された決まりはありません。
企業によって、
- ミッション
- ビジョン
- バリュー
- パーパス
- ブランドプロミス
- ブランドステートメント
- 行動指針
など、使用する言葉や構造は異なります。
重要なのは、一般的な型にきれいに当てはめることではありません。
その後の商品開発、マーケティング、顧客体験、日々の意思決定に使えるかどうかです。
フィロソフィーでは、例えば何を考えるのか
フィロソフィーでは、例えば次のような問いを扱います。
- 私たちは、なぜこの事業を行うのか
- 顧客や社会に、どのような変化を生み出したいのか
- 商品を売ること以外に、どのような役割を果たしたいのか
- 何を良しとして意思決定するのか
- 売上につながるとしても、やらないことは何か
- 将来、どのような存在として認識されたいのか
例えば、歴史ある日本茶ブランドであれば、
日本茶を単なる飲料として販売するのではなく、その背景にある文化や時間の豊かさを、現代と世界へつないでいく。
といった考え方がフィロソフィーになり得ます。
別の企業であれば、
高度な専門技術を、一部の専門家だけではなく、より多くの人の日常へ届ける。
という思想かもしれません。
あるいは、
商品を通じて、忙しい生活の中に立ち止まる時間をつくる。
という言葉も考えられます。
フィロソフィーは、商品の機能を説明する言葉ではありません。
企業やブランドが何を信じ、どの方向へ進むのかを示す上位概念です。
ブランドのコアでは、例えば何を考えるのか
フィロソフィーとあわせて、実務上明確にしておきたいのがブランドのコアです。
ブランドのコアについても、決まった定義や書式があるわけではありません。
本記事では、事業や顧客層を広げても失ってはいけない、顧客への約束や本質的価値として捉えます。
例えば、次のような問いを考えます。
- 顧客は、このブランドから何を必ず受け取れるのか
- すべての商品や体験に共通する価値は何か
- 競合ではなく、このブランドを選ぶ理由は何か
- 新しい顧客や用途へ広がっても変えてはいけないものは何か
- この価値がなくなったら、別のブランドになってしまうものは何か
- 新商品や施策の採否を判断する基準は何か
日本茶ブランドであれば、
- 産地や原料への妥協のない姿勢
- 茶の品質に対する独自の基準
- 日本茶を通じて提供する上質な時間
- 長い歴史を現代の顧客にも届く形へ翻訳すること
- 流行に迎合しすぎない美意識
などが、ブランドのコアを構成する可能性があります。
一文にするなら、
産地、品質、美意識に妥協せず、顧客が日本茶の奥行きを感じられる体験を提供する。
という形も考えられます。
フィロソフィーとブランドのコアを、完全に別々の箱へ分ける必要はありません。
あえて整理するなら、フィロソフィーは、ブランドが何を信じ、どこへ進むのか。
ブランドのコアは、その思想が顧客にどのような価値や体験として表れるのか。
という関係です。
大切なのは、言葉の分類ではありません。
その後に出てくる商品や施策に対して、
この判断は、私たちが信じていることと一致しているか。
顧客への約束を、本当に守れているか。
と確認できる状態をつくることです。
ブランドのコアは、競争優位性でなければならないのか
ブランドのコアというと、他社にはない特許技術や独自の製法、圧倒的な商品性能などを想像するかもしれません。
確かに、明確な技術や機能があれば、ブランドを支える強力な要素になります。
しかし、ブランドのコアと競争優位性は、同じものではありません。
ブランドのコアは、そのブランドが顧客に対して変わらず提供する価値や約束です。
競争優位性は、その約束を他社よりも優れた形で実現できる理由です。
例えば、あるアウトドアブランドのコアが、
厳しい自然環境でも、安心して使用できる品質を提供する。
という顧客への約束だったとします。
この約束を実現するために、
- 素材開発力
- アスリートとの共同開発
- 過酷な環境でのフィールドテスト
- 高度な縫製技術
- 厳格な品質管理
- 長年蓄積された知見
などが存在します。
これらは、ブランドのコアを実現し、顧客に信じてもらうための根拠です。
簡単に整理すると、
ブランドのコアは、顧客に何を約束するか。
競争優位性は、その約束をなぜ自社が実現できるのか。
という関係です。
技術以外もブランドのコアになり得る
ブランドのコアを構成するものは、高い技術や商品機能だけではありません。
- 歴史や土地との結びつき
- 美意識
- 商品の編集力や選定力
- 顧客への深い理解
- 接客や提供方法
- コミュニティとの関係
- 一貫した品質基準
- 商品を通じて生み出す感情や時間
なども考えられます。
例えば、日本茶ブランドにとって重要なのは、単に高品質な茶葉を扱っていることだけではないかもしれません。
宇治という土地との結びつき、茶師の技術、美意識、店舗空間、接客、パッケージ、伝え方までが一体となって、顧客に「日本茶の奥行き」を感じさせている可能性があります。
一つひとつの要素は、競合も言葉だけなら真似できるかもしれません。
しかし、それらが商品、店舗、EC、接客、デザイン、コンテンツまで一貫して表現され、長い時間をかけて蓄積されれば、簡単には模倣できないブランド価値になります。
ただし、何でもブランドのコアと呼べるわけではない
一方で、
- 高品質な商品を提供する
- 顧客を大切にする
- 社会を豊かにする
- 新しい価値を創造する
といった言葉だけでは、具体的な判断基準として機能しにくいでしょう。
ブランドのコアとして機能させるには、少なくとも次の条件が必要です。
- 自社が本当に提供できる
- 顧客にとって意味がある
- 商品や体験に具体的に表れる
- 長期間維持する意思がある
- 何をやらないかの判断にも使える
- その約束を信じられる根拠がある
理想的には、競合が簡単に再現できないことが望ましいと思います。
ただし、最初から完成された競争優位性である必要はありません。
ブランドのコアを定め、商品や顧客体験の中で一貫して磨き続けることによって、ブランドのコアそのものが、時間をかけて競争優位性へ育つこともあります。
ブランドのコアは、単なるきれいな言葉であってはいけません。
同時に、現在保有している特許や技術だけに限定する必要もありません。
顧客に約束したい価値と、それを実現できる自社の能力や資産を結びつけて考えることが重要です。
ブランドの本質的価値が伝われば、商品は売れるのか
ブランドの本質的価値が明確になり、それが顧客に伝われば、自然と売上も伸びる。
そう考えたくなりますが、現実はそれほど単純ではありません。
どれだけ魅力的なフィロソフィーを持っていても、
- 顧客が必要とする用途に商品が対応していない
- 購入したくなる場面でブランドが思い出されない
- 商品の価格や容量が利用目的に合っていない
- 顧客が価値を体験できる導線がない
- 購入場所や配送条件が市場に合っていない
- 価値を伝えるコンテンツが不足している
といった状態では、売上にはつながりません。
例えば、非常に高品質な抹茶を扱っていたとしても、顧客が「自宅で抹茶ラテを作りたい」と考えたときに、
- どの商品を選べばよいか分からない
- 一回あたりの使用量が分からない
- おいしい作り方が分からない
- 必要な道具が分からない
- 自分の用途には高級すぎるように見える
という状態であれば、その品質は市場機会へ十分に接続されていません。
ブランドの本質的価値は、顧客に伝えるだけではなく、具体的な商品、用途、購入理由、顧客体験へ翻訳する必要があります。
ここからが、フィロソフィー策定後の実務です。
新しいことを考える前に、現在の顧客認識を把握する
ブランドのコアを言語化したら、すぐに新商品や新しい施策を考えたくなります。
しかし、その前に確認しておきたいのが現在地です。
ここで活用できるのが、前回の記事で紹介したCEPです。
確認するのは、企業が思い出してほしい場面ではありません。
現在、顧客がどのような場面でブランドを思い出しているのかです。
例えば、次のような点を整理します。
- どのような用途や購入理由と結びついているか
- どのような顧客や生活場面で選ばれているか
- ブランドのコアとして掲げた価値は、実際に伝わっているか
- 企業が考えるブランド像と顧客認識に差がないか
- 本来意図していない理由で売れていないか
- 一部の用途やCEPだけに売上が偏っていないか
- 獲得したいCEPを競合ブランドに取られていないか
例えば、企業側は「本格的な日本茶の品質と文化」をブランドの本質と考えていても、顧客からは「京都観光で抹茶スイーツを楽しむ店」として強く認識されている可能性があります。
どちらが正しい、間違っているという話ではありません。
重要なのは、自社が目指しているブランド像と、現在の顧客認識の距離を把握することです。
そのうえで、
- 現在強い認識をさらに強化するのか
- 現在の認識を入口として、より深い価値へ導くのか
- 新しい用途やCEPを獲得するのか
- 望ましくない認識を修正するのか
を考えます。
現在地が分からなければ、どこへ広げるべきかも決められません。
ブランドのコアを起点に、広げられる可能性を考える
現在の顧客認識を確認したら、次にブランドが広がれる可能性を考えます。
ここでの問いは、
ブランドのコアを、ほかにどのような顧客、用途、時間、場所、体験へ展開できるか。
です。
例えば、
- 店舗で提供している価値を、自宅でも体験できないか
- 特別な日に選ばれている商品を、日常へ広げられないか
- 自家需要の商品を、ギフトへ展開できないか
- 国内で評価されている価値を、海外の顧客へ届けられないか
- 商品販売だけでなく、学びや体験まで提供できないか
- 愛好家にしか伝わっていない奥深さを、初心者にも届けられないか
といった方向が考えられます。
ここで重要なのは、ブランドのコアから離れて、思いつくまま新規事業を考えることではありません。
ブランドのコアに含まれる価値が、別の形でも顧客価値として成立する可能性を探すことです。
ブランドを広げるとは、無関係な商品やサービスを増やすことではありません。
ブランドの本質的価値が発揮される顧客、用途、場面を増やすことです。
用途開発と目指すCEPを往復しながら具体化する
「日常へ広げる」「海外へ広げる」「若い顧客へ届ける」と決めただけでは、まだ具体的な商品や施策にはなりません。
そこで、用途開発とCEPを使って方向性を具体化します。
例えば、日本茶を日常へ広げるのであれば、
- 朝に短時間で作れる抹茶ラテ
- 来客時に提供する上質なお茶
- 自宅で茶の違いを楽しむ飲み比べセット
- 菓子作りに使用する高品質な抹茶
- 海外の知人へ贈る日本茶体験セット
といった用途が考えられます。
同時に、
- 忙しい朝でも、少し上質な時間を持ちたい
- 大切な来客を丁寧にもてなしたい
- 日本文化を海外の知人へ伝えたい
- 旅行先で体験した味を自宅でも楽しみたい
- 手作りのお菓子を、より本格的な味にしたい
という、今後獲得したいCEPを整理します。
用途開発とCEPは、一方向に考えるものではありません。
この用途は、顧客のどのような場面で必要とされるのか。
このCEPを獲得するには、どのような商品や体験が必要なのか。
この二つを往復しながら、商品や顧客体験の解像度を高めます。
例えば、「抹茶ラテ」という用途を広げるのであれば、単に既存の抹茶へ「ラテにもおすすめです」と説明を加えるだけでは不十分かもしれません。
- ラテに適した味や品質の商品を用意する
- 一回分の使用量が分かる容量やパッケージにする
- 道具がなくても作れる方法を伝える
- 牛乳や植物性ミルクとの相性を説明する
- 初心者でも失敗しにくい動画を用意する
- 継続購入しやすい価格や販売方法を設計する
といった対応が必要になります。
ブランドの本質的価値を市場へ接続するとは、顧客の需要場面に合わせて、価値を具体的な商品と体験へ変換することです。
可能性を広げるほど、ブランドが薄まる危険もある
新しい用途やCEPを考えることは、ブランドの成長機会を増やします。
顧客、利用目的、購入場面が増えれば、ブランドが獲得できる市場も広がります。
一方で、需要があるから、競合が売れているから、短期的な売上が期待できるからという理由だけで展開すると、ブランドの意味が曖昧になることがあります。
例えば、歴史ある日本茶ブランドが抹茶ラテを提供すること自体が、ブランドのコアに反するわけではありません。
確認すべきなのは、次のような点です。
- なぜ、そのブランドが提供するのか
- 原料や製法にブランドらしさがあるか
- 顧客にどのような体験を約束するのか
- 既存の商品やブランド価値とどうつながるのか
- 日本茶の奥行きを知る入口になっているか
- 長期的にどのようなブランド認識をつくるのか
- 売上のためだけに品質や意味を妥協していないか
茶師がラテに適した抹茶を設計し、日本茶の品質や違いを知る入口として提供するのであれば、ブランドのコアを現代の生活へ翻訳した商品と考えられます。
一方、流行しているからという理由だけで、品質や背景とのつながりが弱い商品を追加すれば、短期的には売れても、ブランドの本質的価値を薄める可能性があります。
新しいか、伝統的かが問題なのではありません。
ブランドのコアとの接続を説明でき、それを商品や顧客体験として表現できるかどうかが重要です。
ブランドを広げるときに思い出したい「Core & More」
ここで、私が以前から好きな考え方を一つ紹介します。
Goldwinが掲げる「Core & More」です。
Goldwinの公式な説明では、アウトドア活動のための革新的な製品や素材を「Core」とし、そこで培った機能を日常着へ広げる領域を「More」としています。高い機能性を核として保ちながら、その価値が活用される市場や生活場面を広げる考え方です。
実は、弊社が創業して最初にお取引させていただいたクライアントがGoldwinさんでした。
その当時から「Core & More」という考え方を知り、その意味も理解していました。
ただ、この考え方をクライアントのブランディングプロジェクトにおける実務的な判断へ活用するようになったのは、比較的最近のことです。
ブランドのフィロソフィーやコアを言語化し、そこから用途やCEPの可能性を広げる。
その後、出てきた案がブランドのコアから自然に広がったものなのかを確認する。
この流れを考える際に、「Core & More」という言葉は非常にシンプルで分かりやすいため、ここでは少し考え方を拝借します。
新しい用途やCEPについて、例えば次の点を確認します。
新しい用途やCEPを確認する視点
- ブランドのコアから自然に広がっているか
- 顧客への約束に反していないか
- そのブランドが提供する必然性があるか
- ブランドのコアを支える能力や資産を活用できるか
- 品質、価格、デザイン、販売方法まで一貫させられるか
- 新しい顧客を獲得しても、既存顧客の信頼を損なわないか
- 長期的にブランド価値を高める展開になっているか
ここで重要なのは、「Core & More」を弊社独自のフレームワークとして使用することではありません。
ブランドの可能性を広げた後、ブランドのコアとのつながりを確認するための、分かりやすい考え方として引用しています。
市場を広げることと、ブランドの本質を守ることは、必ずしも対立しません。
ブランドのコアを起点に考えることで、むしろ一貫性を保ちながら、これまで接点のなかった顧客や用途へ広がれる可能性があります。
ブランドを守ることと、広げることは対立しない
ブランドのコアを明確にすると、できることが制限されるように感じるかもしれません。
しかし、ブランドのコアは、事業を狭めるための壁ではありません。
自社がどこまで広がれるのかを判断するための軸です。
ブランドのコアを狭く捉えすぎれば、過去の延長線上にある商品や施策しか考えられず、ブランドは硬直します。
一方で、市場機会を広げることだけを重視すれば、商品や事業が増えるほど、何を提供するブランドなのか分からなくなります。
重要なのは、
ブランドのコアを起点に可能性を広げ、もう一度ブランドのコアへ照らして選ぶこと。
この点を考える際、分かりやすいのがポルシェです。
ポルシェはSUVを売っても、なぜスポーツカーブランドなのか
ポルシェといえば、かつては車高の低いスポーツカー、特に911のような2ドア車をつくる会社というイメージが強くありました。
そのポルシェが2002年にSUVのカイエンを発売した際には、従来の愛好家から強い反発も起きました。Harvard Business Schoolのケースでも、ポルシェの純粋なファンの一部がカイエンを嘲笑し、新しい顧客層に否定的な反応を示したことが紹介されています。
スポーツカーブランドがSUVを売れば、ブランドが薄まる。
当時、そのように考えた人がいたことは不思議ではありません。
しかし、カイエンは販売予想を上回る世界的な成功を収め、ポルシェの成長を支える商品になりました。ポルシェ自身も、カイエンについて、スポーツカーブランドの価値を新しい市場へ移し、多くの新市場への扉を開いた成長ドライバーだったと説明しています。
さらに2025年の世界販売台数を見ると、マカンが84,328台、カイエンが80,886台で、両SUVを合わせると全体の約59%を占めます。
販売台数だけを見るなら、ポルシェは事実上、SUVを中心に販売している会社にも見えます。
その一方で、911も2025年に過去最高となる51,583台を販売しており、現在もポルシェを象徴するスポーツカーであり続けています。
では、なぜSUVが販売の中心になっても、ポルシェはスポーツカーブランドとしてのイメージを維持できているのでしょうか。
一つの理由は、ポルシェのコアが「車高が低いこと」や「二人しか乗れないこと」ではなかったからだと思います。
ポルシェが顧客に提供してきた本質的価値を、
- 高い走行性能
- 運転する楽しさ
- エンジニアリングへのこだわり
- スポーツカーを想起させるデザイン
- モータースポーツを背景とした技術思想
と捉えれば、それらをSUVという異なる車型へ展開する余地があります。
カイエンは、スポーツカーをやめて実用車を作ったのではありません。
ポルシェらしい走行体験を、家族や荷物を載せられるSUVへ翻訳した商品と考えられます。
同時にポルシェは、911というブランドの象徴を捨てたわけではありません。
SUVによって広い顧客と市場を獲得しながら、911を磨き続けることで、ポルシェというブランドが何者なのかを示し続けています。
ここからは、次のような役割分担が見えてきます。
ブランドの象徴を担う商品と、売上の中心を担う商品は、必ずしも同じでなくてよい。
ポルシェでは、911がブランドの意味や憧れをつくり、カイエンやマカンが、そのブランド価値をより広い用途と市場へ展開しています。
極端に表現すれば、
911がブランドをつくり、SUVが市場を広げる。
という構造です。
これは、日本茶ブランドにも置き換えて考えられます。
将来的に抹茶ラテやスイーツ、ギフト商品の売上構成比が高くなったとしても、それだけで日本茶ブランドではなくなるわけではありません。
ブランドを象徴する茶葉、品質基準、店舗体験、文化的な発信を磨き続け、その本質がラテやスイーツにも一貫して表現されていれば、入口となる商品が市場を広げながら、ブランド全体としては日本茶の専門性を保てる可能性があります。
反対に、伝統的な茶葉が売上の中心であったとしても、品質への姿勢や文化的な背景が失われていれば、ブランドのコアを守れているとは限りません。
ブランドを守れているかは、何が一番売れているかだけでは判断できません。
ブランドのコアを守るとは、既存商品の形やカテゴリーを固定することではありません。
その商品を通じて顧客に提供してきた本質的価値を明確にし、別の商品や市場でも再現することです。
ブランドらしさを守ることと、新しい市場へ広げることを、二者択一で考える必要はありません。
むしろ、ブランドのコアを正しく捉えることで、ブランドを薄めずに事業を広げる選択肢が見えてきます。
市場へ展開した後、顧客認識の変化を検証する
用途やCEPを整理し、新しい商品や顧客体験を市場へ展開しても、それで終わりではありません。
ここまでのプロセスは、基本的には企業側が立てた仮説です。
企業が、
- この商品はブランドのコアと一貫している
- この用途には需要がある
- このCEPを獲得できる
- 新しい顧客にも本質的価値が伝わる
- 既存顧客の信頼も維持できる
と考えていても、実際の顧客が同じように受け取るとは限りません。
そのため、市場へ展開した後は、顧客認識と行動の変化を確認します。
例えば、
- 狙った顧客や利用場面を獲得できたか
- 新しい用途が継続的な購入につながったか
- 狙ったCEPでブランドが想起されるようになったか
- ブランドの本質的価値が新しい顧客にも伝わったか
- 既存顧客が感じていた価値を薄めていないか
- 意図しないブランドイメージが生まれていないか
- 新商品が既存商品の売上を移動させただけになっていないか
- ブランド全体の売上や顧客基盤が広がったか
を確認する必要があります。
確認方法としては、
- 顧客アンケート
- インタビュー
- ブランド想起調査
- 購入理由の調査
- 検索行動
- 購買データ
- レビューやSNS上の表現
- 新規顧客と既存顧客の購買傾向
- 新しい商品や訴求への反応
などが考えられます。
4章で行ったのは、展開前の現在地確認です。
この章で行うのは、展開した結果、顧客認識と市場が意図した方向へ変化したかを検証することです。
想定どおりに新しい市場を獲得できる場合もあれば、商品は売れてもブランドの本質的価値までは伝わらない場合もあります。
反対に、企業が想定していなかった用途や顧客層から反応が生まれ、新しい可能性が見つかることもあります。
企業が定めるのは、目指すブランド像です。
実際のブランドは、企業が伝えようとすることと、顧客が受け取った認識の間に形成されます。
市場の反応を確認しながら、商品、用途、CEP、伝え方を継続的に修正していく必要があります。
おわりに|ブランドの言葉を、顧客が体験できる状態へ
フィロソフィーやブランドのコアを言語化する目的は、きれいな言葉を社内資料やWebサイトへ掲載することではありません。
その本質的価値を、
- どのような商品として表現するのか
- どのような用途へ広げるのか
- どのような場面で顧客に思い出してもらうのか
- どの市場や顧客を獲得するのか
- 何を採用し、何をやらないのか
という具体的な判断へ接続することです。
ブランドの本質的価値を商品と市場へ接続できれば、ブランドを薄めることなく、顧客、用途、購入場面を広げていくことができます。
その結果として、ブランド価値だけでなく、獲得できる市場と売上機会も拡大します。
ただし、商品や市場の方向性が決まっても、それだけでは顧客へ価値は伝わりません。
次に必要になるのは、
- EC、店舗、広告、SNS、CRMにどのような役割を持たせるか
- 顧客を最初の接触からブランドの奥行きへどう導くか
- 各チャネルで一貫した体験をどうつくるか
- 顧客の理解や関係性の深さを、どのようなデータで捉えるか
- 社内で何を北極星として共有するか
という、顧客体験とデータの設計です。
次回は、フィロソフィーやブランドのコアから定めた方向性を、具体的なカスタマージャーニー、各チャネルの役割、CRMやデータ活用へどう落とし込むのかを考えます。
関連コラム:用途開発とCategory Entry Point(CEP)は何が違うのか|商品起点と顧客起点から考える市場拡張(本記事の前提となる、用途開発とCEPの違いの整理)
関連コラム:ブランドは、誰が実践するのか。(ブランドの価値を、組織と顧客体験の中で実践する主体を考える)



