はじめに|星4でも星5でも、最も多かった言葉は「おいしい」だった
2年ほど前、とあるクライアントのレビューを分析したことがある。
高価格帯の食品を扱う、いわゆるプレミアムブランドである。
そのブランドの星4と星5のレビューをそれぞれ分析したところ、どちらでも最も頻繁に登場した言葉は「おいしい」だった。
もちろん、食品に対する評価なのだから、「おいしい」が多いこと自体は不思議ではない。むしろ、商品としては喜ばしい結果である。
ところが、ブランド側からは、少し違う見解が出た。
自分たちは、高価格でプレミアムな商品を提供している。何を食べても「おいしい」としか言わない人は、必ずしも自分たちが想定している顧客ではない。
言葉を少し補えば、単に味が良いというだけではなく、素材、香り、食感、製法、季節性、文化的な背景なども含めて、商品の違いを理解してくれる顧客を大切にしたい、ということだと思う。
言っていることは理解できる。
一方で、実際のレビューには「おいしい」が最も多い。
ここには、明らかな矛盾がある。
ブランドが想定している顧客像と、レビューに現れている顧客像が異なるのである。
ただし、この話にはもう一つ、大きな前提がある。
このブランドでは、売上全体に占めるECの比率は約15%だった。そして、レビューを書いているのは、そのEC購入者の中のさらに数%にすぎない。
売上比率と顧客比率は一致しないので、単純な掛け算はできない。それでも、レビューに現れている人が、ブランド全体の顧客のごく一部であることは間違いない。
そこで私は、次のように考えた。
レビューに現れている顧客は、本当にブランドを支えている中核顧客なのだろうか。
そして、もう一つの仮説が浮かんだ。
ロイヤルカスタマーは、満足している間はポジティブなレビューを書かない。しかし、期待を裏切られたときには、ネガティブなレビューを書くのではないか。
今回は、この仮説について考えてみたい。
先に断っておくと、クライアントの注文データとレビューを紐づけて、厳密に検証したわけではない。
本来であれば、購入回数、購入期間、LTV、レビュー投稿率、評価分布、投稿後の再購入率まで確認する必要がある。それを正しく行おうとすると、想像以上に大掛かりな分析になる。
したがって、この記事は検証結果を報告するものではない。
実務の中で生まれた違和感を、既存研究と照らし合わせながら考えるオピニオン記事である。
レビューは顧客の声だが、顧客全体の声ではない
レビューは、顧客の声として非常に価値が高い。
企業が自分で「良い商品です」と主張するよりも、実際に購入した顧客が評価している方が説得力を持つ。商品改善のヒントにもなり、これから購入する顧客の不安も減らせる。
ただし、レビューを書いた人は、全顧客から無作為に選ばれているわけではない。
非常に満足した人、あるいは非常に不満だった人ほど、レビューを書く理由を持ちやすい。
この点について、Journal of Marketing Research 誌に掲載された、オンラインレビュー約2億8,000万件、25の主要プラットフォームを分析した研究がある。
この研究では、多くのプラットフォームで評価が高評価側と低評価側に偏り、中間評価が少なくなる「極性」が確認された。その要因の一つとして、極端な評価を持った人ほどレビューを投稿しやすい「極性の自己選択」が示されている。
さらに、このような自己選択は、レビュー全体の情報性を低下させる可能性があるという。
個人的には、これは考えてみれば当たり前の話でもある。
商品を買い、普通においしく、普通に満足した人は、そのまま日常生活へ戻っていく。
一方で、想像以上に感動した人と、何か言わずにはいられないほど不満だった人は、わざわざレビュー画面を開く。
レビューは国勢調査ではない。発言したくなった人が集まる場所である。
にもかかわらず、そこに書かれた言葉を集計し、「これが顧客の総意です」と扱ってしまうところに、レビュー分析の最初の落とし穴がある。
さらに、レビューは集め方によっても内容が変わる。
ホテル業界における複数のレビュー収集方法を分析した研究では、自発的に投稿されたレビューは評価が低く、文章が長くなりやすい一方、宿泊後のメールで依頼して集めたレビューには異なる特徴が見られた。
レビュー投稿に必要な手間が、評価や文章量に影響するという結果である。
ここまで来ると、レビューの内容を分析する前に、レビューがどのように集められたのかを確認しなければならない。
購入後に全員へ送られたメールから書かれたレビューと、怒った顧客が自分からサイトを探し、商品ページまで移動し、レビュー欄を開いて書いた文章を、同じ一件として数えてよいのだろうか。
後者が長文になりやすいというのも、非常に納得感がある。
怒っている人には、説明したいことがたくさんある。
レビューの星の数だけでなく、投稿するまでに必要だった熱量も考える必要がある。
ECの商品レビューと、ホテルやレストランのレビューは同じではない
ここまで紹介した研究の中には、ホテルやレストランを対象にしたものがある。
ただし、ホテルやレストランに関する研究結果を、そのままECの商品レビューへ適用するのは危険である。
ECの商品レビューは、基本的には一つの商品、あるいは一つのSKUを評価している。
たとえば食品であれば、主な評価対象は次のようなものになる。
- 味
- 香り
- 食感
- 内容量
- 包装
- 配送状態
- 商品説明との一致
- 価格に対する納得感
同じ商品を多数の顧客が購入するため、少なくとも評価対象はある程度共通している。
一方、ホテルやレストランのレビューは、一つの商品ではなく、一回の体験全体を評価する。
料理や客室だけでなく、スタッフの対応、待ち時間、混雑、清潔さ、立地、同行者、その日の天候、支払った価格、事前の期待など、非常に多くの要素が含まれる。
同じホテルへ泊まっても、日程、客室、担当者、混雑状況によって体験は変わる。同じレストランでも、注文した料理や訪問時間によって評価は変わる。
つまり、ECの商品レビューは、比較的固定された対象に対する評価であり、ホテルやレストランのレビューは、その場で生成された体験に対する評価である。
もっとも、両者を完全に分けることもできない。
ECの商品レビューにも、配送、梱包、問い合わせ対応など、サービスへの評価が混ざる。
特に食品は、購入前に品質を完全には判断できない経験財である。実際に食べて初めて評価できるという意味では、レストランの体験にも近い。
商品レビューとサービスレビューは違う。しかし、きれいに二つへ分けられるわけでもない。
だからこそ、ホテルやレストランの研究は、今回の仮説を直接証明するものではない。
それでも、長く利用している顧客がサービス上の失敗をどう受け止め、なぜ不満を表明するのかを考える補助線にはなりえる。
研究結果を引用する際には、「ECレビューでも同じことが起きる」と結論づけるのではなく、「同じ心理がECでも働く可能性がある」と扱う程度が適切だと思う。
「質の高いレビュー」とは、そもそも何なのか
ブランディングを考える上で、自社が思う自社と、顧客が思う自社のギャップを把握することは重要である。そのために企業はレビューデータを参考にすることは多い。
その際には当然質の高いインサイトの抽出を期待するが、質の高いインサイトを得るためには質の高いレビューが必要であろう。
私の記事では、もはや定番になりつつあるが、ここでもやはり、質の高いレビューとは何なのかという問いが重要になる。
商品の品質を正確に評価しているレビューが、質の高いレビューなのだろうか。
それとも、味、香り、食感、包装、価格、利用場面など、商品のさまざまな側面について具体的に言及していることが、質の高いレビューなのだろうか。
あるいは、次に購入する顧客の意思決定に役立つこと、企業が商品を改善する材料になること、投稿者の本音を正確に表していることも、それぞれ異なる「質」である。
レビューの質は、少なくとも次のように分けられる。
- 商品属性への言及の多さ
- 評価内容の正確さ
- 購入検討者にとっての有用性
- 商品改善に使える情報量
- 投稿者の体験を正しく表しているか
- 顧客全体を代表しているか
これらは、似ているようで同じではない。
MIS Quarterly 誌に掲載された、Amazonの6商品、1,587件のレビューを分析した研究では、レビューの深さや商品タイプ、評価の極端さが、他の利用者から見た「役に立った」という評価に影響していた。
文章が深いレビューほど有用だと評価される傾向はあったが、その効果は商品タイプによって異なった。
また、実際に使用しなければ品質を判断しにくい経験財では、極端な評価よりも中間的な評価の方が役立つと判断される傾向も示されている。
つまり、長ければよいわけでも、星5ならよいわけでも、属性が多ければよいわけでもない。
たとえば、「おいしい」という一言は、商品改善の材料としては情報量が少ないかもしれない。
しかし、顧客が最終的に得た価値を端的に表現しているという意味では、間違ったレビューではない。
反対に、香り、食感、包装、価格について長々と書かれていても、その評価が妥当であるとは限らない。
属性への言及が多いことと、商品の品質を正しく評価できていることは同じではない。
ここを混同すると、「プレミアムブランドの顧客なら、もっと具体的で高度なレビューを書くはずだ」という、ブランド側にとって都合のよい期待を、顧客へ押しつけることになる。
プレミアムブランドの顧客ほど、具体的なレビューを書くとは限らない
高い商品を購入する人ほど、商品を見る目も厳しく、レビューも具体的になる。
直感的には、そう考えたくなる。
しかし、この直感に対して、かなり興味深い研究がある。
Amazonに投稿されたワイヤレスイヤホンのレビュー10万6,980件を分析し、プレミアムブランドとバリューブランドで、一件のレビュー内に登場する商品属性の数を比較した研究である。
ここでいうバリューブランドとは、単なる廉価品というより、価格に対する機能的価値を強く訴求するブランドと考えると分かりやすい。
研究結果では、プレミアムブランドよりも、バリューブランドのレビューの方が、多くの商品属性に言及していた。
さらに、その傾向はネガティブレビューよりポジティブレビューで強く、レビューの蓄積とともに差が小さくなっていた。
少なくとも、この研究では、「プレミアムブランドの顧客ほど、多面的で具体的なレビューを書く」という結果にはならなかった。
これは個人的に、かなり面白い結果だと思う。
ただし、この研究が測っているのは、文章の品格でも、商品の品質を評価する能力でもない。
あくまで、一件のレビューで、いくつの商品属性に言及したかである。
バリューブランドの顧客は、価格と機能のバランスを判断するため、接続、音質、バッテリー、装着感などを一つずつ評価しているのかもしれない。
一方、プレミアムブランドの顧客は、「このブランドなら間違いない」という信頼によって、個々の属性を統合して判断している可能性がある。
もちろん、これは私なりの解釈にすぎない。
それでも、商品を高く評価していることと、その理由を細かく言語化することは別物であるとは言えそうだ。
今回の食品ブランドでも、顧客は香り、食感、後味、包装、贈った相手の反応まで含めて評価した結果、レビューには「おいしい」と書いているのかもしれない。
「おいしい」としか書かない人と、「おいしいとしか感じていない人」は同じではない。
レビューに書かれた言葉の解像度から、顧客が感じている体験の解像度まで判断するのは危険である。
ロイヤルカスタマーにとって、「おいしい」はすでにニュースではない
初めて商品を購入した顧客にとって、期待以上においしかったことは、一つの出来事になる。
高かったが、買ってよかった。
想像していたよりもおいしかった。
誰かにも勧めたい。
だから、星5をつけて、「おいしい」とレビューを書く理由が生まれる。
一方、何度も購入しているロイヤルカスタマーにとって、その商品がおいしいことは、すでに前提になっている。
毎回おいしい。
今回も品質が高い。
だから、また購入する。
しかし、そのたびに同じ内容をレビューへ書く必要はない。
ロイヤルカスタマーが商品を評価していないのではない。
肯定の表現方法が違うのである。
その評価は、レビューではなく、次のような行動に現れる。
- 継続購入
- 購入頻度
- 購入金額
- 定期購入
- 贈答利用
- 家族や知人への紹介
- 店舗への再訪
ロイヤルカスタマーのポジティブな評価は、レビューではなく購買データに記録される。
むしろ、何度も購入するという行動の方が、「おいしい」という一言よりも、強い肯定である。
レビュー分析だけを見ていると、この沈黙した肯定が見えない。
書かれている言葉を分析することには熱心でも、何も書かずに買い続けている人については、存在しないかのように扱ってしまう。
今回、レビューに「おいしい」が多いことと、ブランドが考える中核顧客像が一致しなかった理由の一つは、ここにあるのではないか。
レビューを書いている顧客と、ブランドを長く支えている顧客が、完全には重なっていない可能性がある。
ロイヤルカスタマーは満足していないのではない。
満足しているからこそ、それを毎回言葉にしないのである。
それでも、期待を裏切られたときにはレビューを書く
満足している間は沈黙していたロイヤルカスタマーにも、レビューを書く理由が生まれる瞬間がある。
それは、いつもと違うことが起きたときである。
- 以前より味が落ちた。
- 香りや食感が変わった。
- 内容量が減った。
- 包装が雑になった。
- 配送や問い合わせへの対応が悪かった。
- ブランドらしくない対応をされた。
初回購入者には、過去との比較ができない。
今回の商品が通常どおりなのか、品質が落ちているのかを判断する材料がないからである。
しかし、長年購入している顧客には分かる。
そのため、ロイヤルカスタマーのネガティブレビューには、次のような表現が登場する。
- 「毎年購入していますが、今回は残念でした」
- 「これまでは満足していたのですが」
- 「以前の商品とは違うように感じます」
- 「長く愛用していただけに残念です」
レストラン顧客を対象に、サービス上の失敗とロイヤルティの関係を調べた研究では、案内・着席や、注文・提供の段階で問題が起きた場合、ロイヤルティの高い顧客の方が、低い顧客より苦情を伝える意向が有意に高かった。
また、顧客は、苦情を言わない低ロイヤルティ層、苦情を言う低ロイヤルティ層、苦情を言わない高ロイヤルティ層、苦情を言う高ロイヤルティ層などに分類された。
これはECレビューを直接調査した研究ではない。
それでも、ロイヤルカスタマーほど黙って許してくれるとは限らないことを示す材料にはなる。
長く購入している人は、以前の状態を知っている。
いつもとの違いに気づき、今後も利用したいからこそ、問題を伝える。
新規顧客は「こういう商品なのだろう」と思って終わるかもしれない。
ロイヤルカスタマーだからこそ、違和感を違和感として認識できる。
厳しい顧客なのではない。比較できる顧客なのである。
ネガティブレビューは、ロイヤルティの反対とは限らない
低評価レビューを書く顧客は、ブランドを嫌っているとは限らない。
むしろ、ブランドへの期待がまだ残っているからこそ、問題を伝えている可能性がある。
何も期待していないブランドには、裏切られたという感情も生まれにくい。
本当に関心を失った顧客は、何も言わずに離れていくこともある。
Journal of Marketing 誌に掲載された、ブランドとの関係性と、サービス上の失敗後の反応を扱った研究では、企業との関係が強い顧客ほど、適切な対応が行われなかった際に、裏切られたという感覚が強くなり、報復や回避の感情が長く続くことが示されている。
特に、関係の強い顧客では、復讐したいという感情の低下が遅く、企業を避けたいという感情が時間とともに強まりやすかった。
一方で、謝罪や補償などの回復対応には、関係の強い顧客の方が反応しやすいことも報告されている。
この研究のタイトルは、「顧客の愛情が持続的な憎しみに変わるとき」という、少々物騒なものである。
しかし、今回の話を非常によく表している。
ブランドと何の関係もない人は、期待を裏切られようがない。
長く買い続け、自分なりにブランドを信頼してきた人だからこそ、「こんなはずではなかった」という感情が生まれる。
ネガティブレビューの強さは、不満の大きさだけでなく、それ以前に存在した期待の大きさでも決まる。
そう考えると、最も厳しいレビューを書いた人が、少し前までは最も熱心な顧客だったとしても、矛盾はない。
ただし、ここで注意しなければならないのは、ネガティブレビューを何でも「愛情の裏返し」と解釈しないことである。
すでに関係を終わらせるために書いている人もいる。
返金や補償を求めている人もいる。
競合へ乗り換える意思を固めている人もいる。
重要なのは、星1や星2という評価だけを見るのではなく、購入履歴、文章の内容、その後の購買行動まで含めて理解することである。
AI時代に、レビューだけでブランドの本質を伝えられるのか
AI時代には、レビューをはじめとするUGCが、これまで以上に重要になる。
そのような話を聞く機会が増えた。
企業が自ら「良い商品です」と語るよりも、実際の購入者による評価の方が信頼性を持つ。
AIがウェブ上の情報を参照して商品やブランドについて回答するのであれば、顧客による率直な体験が数多く公開されていることは、確かに重要である。
ただし、ここでも少し立ち止まって考えたい。
レビューを増やすことと、ブランドの本質的な価値をAIに正確に理解させることは、果たして同じなのだろうか。
そもそも、公開されたレビューが、そのまま即座にAIの基盤モデルへ学習されるとは限らない。
たとえばGoogleは、生成AIを使った検索において、検索インデックスから関連ページを取得し、回答を生成するRAGやグラウンディングと呼ばれる仕組みを利用していると説明している。
同時に、一般的な内容を大量に作るよりも、実体験に基づく独自の視点や、専門家による固有性の高いコンテンツを作ることが重要だとしている。
したがって、ここでよく使われる「AIに学習させる」という表現は、もう少し正確には、AIに検索、参照、要約される情報をウェブ上へ用意することと考えた方がよい。
では、一般顧客によるUGCと、違いを正確に言語化できる専門家による評価では、どちらが重要なのだろうか。
私は、両者はそもそも同じ役割を担っていないと考えている。
UGCが伝えるのは、実際の生活者としての経験である。
- 実際に使ってどう感じたか
- どのような場面で利用したか
- 期待と現実にどのような差があったか
- どのような人に向いていたか
- 同じ満足や不満が、どの程度繰り返されているか
一方、専門家が伝えられるのは、違いを理解するための構造である。
- 他の商品と具体的に何が違うのか
- その違いは、どの素材や製法から生まれているのか
- 一般顧客が感じた違いを、どのような言葉で説明できるのか
- 価格差には、どのような理由があるのか
- カテゴリーの中で、どのような位置にある商品なのか
UGCは経験の分布を伝え、専門家は違いの構造を伝える。
実際、専門家レビューと一般消費者レビューを比較した研究では、ポジティブな専門家評価は一般消費者のポジティブ評価より購入意向を高めやすい一方、ネガティブな一般消費者評価は、ネガティブな専門家評価よりも購入意向を強く下げるという結果が報告されている。
この結果も、かなり納得感がある。
「この商品は、他と比べてここが優れている」という肯定には、比較軸を持った専門家の説明が役に立つ。
一方、「実際に買ったが満足できなかった」という否定には、自分と同じ一般顧客の経験が強い警告になる。
UGCと専門家評価のどちらが重要かは、何を判断するための情報なのかによって変わる。
「おいしい」が一万件あれば、ブランドの違いは伝わるのか
今回のプレミアムブランドについて考えてみる。
仮に、星5のレビューが一万件あり、その大半に「おいしい」と書かれていたとする。
そこからAIは、
- 多くの顧客が満足している
- 味について高く評価されている
- 人気のある商品である
ということは理解できるかもしれない。
しかし、それだけで、
- 他社の商品と何が違うのか
- なぜ価格が高いのか
- 素材や製法にどのような特徴があるのか
- どのような感覚を持った顧客に支持されているのか
- ブランドが長年何を守っているのか
まで、正確に説明できるだろうか。
おそらく難しい。
これは、UGCの価値が低いという話ではない。
顧客は、自分が満足した理由を、ブランドが本来使うべき言葉で説明してくれるとは限らない、という話である。
顧客は「おいしい」と書く。
しかし、そのおいしさを生み出している素材、製法、歴史、設計思想、他社との違いまで説明する責任を、顧客に負わせることはできない。
それを言語化するのは、本来、ブランド自身や、その領域を正確に理解する専門家の役割である。
大量のレビューで頻出する言葉が、「おいしい」「使いやすい」「かわいい」「コスパが良い」といった一般的な表現へ集中すれば、ブランド固有の価値が、カテゴリー共通の評価へ平均化される可能性もある。
プレミアムブランドの商品が、他の商品と同じように「おいしい商品」として要約されれば、満足度の高さは伝わっても、プレミアムである理由は伝わらない。
AI時代になって、違いを言語化できる専門家の重要性は下がったのだろうか。
私は、むしろ逆ではないかと思っている。
インターネット上に、「おいしい」「良かった」「おすすめ」といった一般的なUGCが増えるほど、その商品がなぜおいしいのか、何と比べて優れているのか、どのような人にとって価値があるのかを正確に言語化できる情報の希少性は高くなる。
ここでいう専門家は、著名な評論家に限らない。
職人、開発者、料理人、バイヤー、販売員、カテゴリーを長年見てきた愛好家、あるいは多数の商品を比較してきた顧客も含まれる。
重要なのは肩書ではない。
違いを認識するための比較軸を持ち、それを他者が理解できる言葉へ変換できることである。
AIは、ウェブ上に存在する情報を参照し、組み合わせて回答する。
ブランドの本質的な違いが、そもそも誰にも言語化されていなければ、AIにも伝わりようがない。
だから企業は、UGCだけにブランドの説明を委ねてはいけない。
AI時代のブランドには、少なくとも三種類の情報が必要なのではないか。
AI時代のブランドに必要な三種類の情報
- 企業自身が示す、素材、製法、歴史、設計思想などの事実。
- 専門家が示す、他社との違い、カテゴリー内での位置づけ、品質を評価するための比較軸。
- 一般顧客が示す、実際の利用場面、満足、不満、期待との違い。
企業が自ら語るだけでは、宣伝に見える。
専門家だけが語れば、生活者の実感から離れる。
UGCだけに任せれば、ブランド固有の価値が一般的な感想へ圧縮される。
この三つが重なって初めて、人間にもAIにも、そのブランドがどのような価値を持つのかが立体的に伝わる。
そして、今回の仮説が正しいのであれば、問題はさらに複雑になる。
ブランドを最も深く理解しているロイヤルカスタマーが、満足している間はレビューを書かないとすれば、レビューだけを集めても、ブランドの中核的な顧客体験は十分に記録されない。
AIが参照できるのは、顧客が感じたことではない。ウェブ上で言葉になったことだけである。
おわりに|ロイヤルカスタマーの肯定は購買データに、否定はレビューに現れる
ここまで、「ロイヤルカスタマーは、ポジティブなレビューを書かない。だが、ネガティブなレビューは書く」という、かなり強いタイトルで話を進めてきた。
もちろん、すべてのロイヤルカスタマーがポジティブレビューを書かないわけではない。
ブランドを応援するため、積極的に星5を投稿する顧客もいる。
初回購入者がネガティブレビューを書くこともある。
したがって、この言葉を統計的な事実として断定するつもりはない。
私が言いたいのは、次のような非対称性である。
レビューに現れる非対称性
- 新規顧客にとっての期待以上は、ポジティブレビューになる。
- ロイヤルカスタマーにとっての期待どおりは、沈黙と再購入になる。
- ロイヤルカスタマーにとっての期待以下は、ネガティブレビューになる。
ロイヤルカスタマーが、ポジティブな評価をしていないのではない。
その肯定は、レビューではなく、継続購入として表現されている。
一方で、期待を裏切られたときには、過去を知っているからこそ、具体的な不満を言葉にする。
この意味において、ロイヤルカスタマーはポジティブレビューには現れにくく、ネガティブレビューには現れやすいという仮説は、ある程度的を射ていると思う。
レビュー分析では、書かれた言葉だけを見てはいけない。
- 誰が書いたのか。
- どのように集められたのか。
- どの時点で書いたのか。
- 何と比較して評価したのか。
- そして、何も書かなかった顧客が、どのような行動を取っているのか。
そこまで見て初めて、レビューを顧客理解へ使える。
レビューは顧客の声である。
しかし、顧客全体の声ではない。
そして、ブランドを最も強く支持している顧客ほど、満足している間は何も言わず、ただ静かに買い続けているのかもしれない。
関連コラム:今すぐ理解しておきたい、レビュー戦略の話|Amazon・楽天・自社EC・越境EC・店舗で変わるレビューの価値(本記事が扱った「レビューをどう読むか」という問いを、チャネルや市場ごとのレビューの価値という別の角度から整理している)
関連コラム:ロイヤル顧客とは何者か?|コンテンツとチャネルを考える前に、定義しておくべきこと(本記事の主語である「ロイヤルカスタマー」をそもそもどう定義するべきかを掘り下げている)



