顧客体験やコンテンツ戦略を考えていると、「認知形成」「共感形成」「ロイヤリティ形成」といった言葉を使うことがあります。
認知形成は比較的分かりやすいものです。ブランドや商品を知ってもらうこと。
共感形成も、ある程度イメージできます。ブランドが大切にしている価値観や世界観を理解し、好意を持ってもらうことです。
では、ロイヤリティ形成とは、いったい何を形成することなのでしょうか。
ロイヤル顧客を増やしたい。
顧客のロイヤリティを高めたい。
マーケティングの現場では、ごく自然に使われる言葉です。しかし、その前提となる「ロイヤル顧客とはどのような状態の顧客なのか」を明確にしないまま、施策の話だけが進んでいることも少なくありません。
ロイヤル顧客の状態が定義されていなければ、どのようなコンテンツを作るべきか、どのチャネルを使うべきか、何を成果として測るべきかも、本来は決められないはずです。
ブランドを好きになってもらえば、それでよいのか
ロイヤリティについて考えるとき、最初に思い浮かぶのは「ブランドを好きになってもらうこと」かもしれません。
もちろん、好意や共感は重要です。
ただ、ブランドを好きだと思っていることと、ロイヤリティが高いことは、完全には同じではありません。
例えば、世界観が素敵だと思っている。Instagramも時々見る。商品にも好感を持っている。
しかし、次にそのカテゴリーの商品を買うときにはブランドを思い出さない。他社の商品でも特に問題はなく、価格や利便性で選択が変わる。
この顧客はブランドに好意を持っていますが、ロイヤルな状態にあるとまでは言い切れません。
ロイヤリティには、好意に加えて、もう少し継続的な関係性が含まれているように思います。
- 次の選択でも思い出す。
- 他社よりも優先して選ぶ。
- もっとブランドについて知りたいと思う。
- 人にも薦めたいと思う。
つまり、好意はロイヤリティの入口ではあっても、ロイヤリティそのものではないということです。
ロイヤリティとロイヤル顧客は同じではない
ここでは、「ロイヤリティ」と「ロイヤル顧客」を分けて考えた方がよいと思います。
ロイヤリティとは、顧客とブランドの間にある関係の状態です。
- ブランドを信頼している。
- 好意や愛着を持っている。
- 今後も関係を続けたい。
- 次も選びたい。
- 誰かに薦めたい。
こうした心理や意思が含まれます。
一方、ロイヤル顧客とは、企業が分析や施策を行うために、観測可能な行動やデータを基準として区分した顧客です。
例えば、購入回数、購入金額、最終購入日、来店履歴、紹介数、会員ランクなどです。
言い換えれば、
ロイヤリティはブランドとの関係の状態であり、ロイヤル顧客はその状態を実務上扱うためのセグメントである。
両者は重なりますが、必ずしも完全には一致しません。
RFMの「ロイヤル」は何を表しているのか
ECの現場でロイヤル顧客という言葉を使う場合、RFM分析を前提としていることがあります。
RFMは、次の三つの指標で顧客を分類します。
- Recency:最近購入したか
- Frequency:何度購入したか
- Monetary:いくら購入したか
誰が売上を支えているのか。
誰に再購入を促すべきか。
誰が離反しそうなのか。
こうしたことを判断するうえで、RFMは非常に有効です。
ただし、RFMが直接測っているのは、ブランドへの愛着そのものではありません。
測っているのは、顧客との関係が購買行動としてどの程度表れているかです。
マーケター同士であれば、RFM上位顧客を「ロイヤル顧客」と呼んでも問題なく話が通じるでしょう。
しかし、同じ言葉を店舗スタッフやブランド担当者が聞けば、「ブランドを深く好きでいてくれるファン」を思い浮かべるかもしれません。
同じ「ロイヤル顧客」という言葉を使いながら、実際には異なる顧客像について話している可能性があります。
購買データだけでは見えないロイヤリティがある
身近な例があります。
妻は、あるブランドのメールマガジンをよく読んでいます。ブランド自体も好きで、友人や知人に自分の好きなブランドとして薦めることもあります。
ただし、商品価格が比較的高いため、自分で頻繁に購入するわけではありません。私が購入した商品を一緒に楽しむことも多く、本人の顧客IDには購買履歴がほとんど残りません。
メールマガジンで知りたいのも、値引きや新商品の案内だけではありません。
- お菓子に合うお茶。
- お茶のおいしい淹れ方。
- お茶にまつわる意外な知識。
- 文化や歴史に関する小さな発見。
そうしたコンテンツを期待しています。
本人に「ロイヤル顧客だと思うか」と聞くと、「ロイヤルと言われるのはおこがましい。ファンくらいだと思う」と答えます。
RFMで見れば、ロイヤル顧客には分類されないでしょう。
しかし、ブランドへの好意や関心は強く、他者へのポジティブな口コミも生んでいます。
反対に、購入金額も頻度も高いものの、クーポンがなければ買わず、他社が安ければすぐに移る顧客もいます。
RFM上は重要顧客ですが、ブランドへの愛着という意味では、ロイヤリティが高いとは限りません。
購買力とブランドへの愛着は、重なることもあれば、重ならないこともあります。
ロイヤル顧客は、何をどこまで満たす必要があるのか
毎月商品を購入し、店舗にも足を運び、メールマガジンを読み、SNSで発信し、友人にも薦める。
このすべてを満たす顧客だけをロイヤル顧客と定義すると、対象は極端に少なくなります。
ロイヤリティの表れ方には、複数の形があります。
- 継続的に購入し、結果としてLTVが高くなる顧客。
- 自分用の購入は少なくても、大切なギフトに選ぶ顧客。
- 店舗やイベントへ繰り返し訪れる顧客。
- コンテンツを通じて、ブランドへの理解を深める顧客。
- 友人や知人に積極的に薦める顧客。
すべてを同時に満たす必要はありません。
大切なのは、それぞれの行動の奥に、
このブランドとの関係を継続したい
という共通した状態があることです。
ロイヤル顧客の定義(現時点の整理)
ロイヤル顧客とは、ブランドが約束する本質的価値を継続的に理解・体験し、そのブランドを選び続けながら、ブランドとの関係を自ら深めていく顧客である。
ここでいう「選び続ける」とは、購入だけを意味しません。
来店、ギフト利用、コンテンツの閲覧、推奨、体験への参加など、さまざまな関わり方を含みます。
ロイヤリティは、継続的な期待充足の中で形成される
では、ロイヤリティはどのように形成されるのでしょうか。
一度のキャンペーンや、強烈な感動体験によって、一気に完成するものではないと思います。
重要なのは、
ブランドが約束する本質的価値を一貫して満たし、重要な局面では期待を超えること。
です。
- 商品がおいしい。
- 品質が信頼できる。
- 贈答品として安心して選べる。
- 店舗で心地よく過ごせる。
- 発信される情報に学びや発見がある。
- どの接点でもブランドらしさが崩れない。
こうした期待充足の積み重ねが、信頼になります。
そして、顧客にとって重要な局面で期待を超える。
- 想像以上に心に残る店舗体験。
- 贈った相手からの高い評価。
- 商品だけでは分からなかった文化や背景への発見。
- 自分のことを理解してくれていると感じる提案。
一貫した価値提供と、重要な局面における期待超過が積み重なることで、信頼は愛着へ変わり、再選択や推奨につながっていきます。
コンテンツは、ブランドの本質的価値を翻訳する
商品やサービスだけで、ブランドの本質的価値がすべて伝わるとは限りません。
- なぜこの商品を作っているのか。
- どのような歴史や文化があるのか。
- どのように楽しめば価値が深まるのか。
- 日常のどのような場面へ取り入れられるのか。
こうしたことを顧客に伝わる形へ変えるのが、コンテンツの役割です。
例えば、お茶のおいしい淹れ方や、お菓子とお茶の組み合わせを紹介するコンテンツは、単なるハウツーではありません。
商品の体験価値を高め、ブランドが持つ専門性や文化的な背景を、顧客の生活へ接続するものです。
値引き情報だけを届け続ければ、価格に反応する顧客との関係が育ちます。
一方で、ブランドの本質的価値を伝えるコンテンツを届ければ、商品やブランドへの理解が深まり、次の選択でも思い出してもらえる可能性が高まります。
コンテンツは、ブランドの本質的価値を、顧客の関心や生活に合わせて翻訳するものです。
チャネルは、関係を継続させるためにある
コンテンツが価値を翻訳するものだとすれば、チャネルはその価値を継続的に届け、関係をつなぐものです。
Instagram、メール、LINE、アプリ、ECサイト、店舗。
それぞれ、顧客と接触するタイミングも距離感も違います。
そのため、「アプリを作るか」「LINEを導入するか」から考えるのではなく、先に次のことを考える必要があります。
誰に、どのタイミングで、ブランドのどの価値を伝え、次の関係へどうつなぐのか。
Instagramは、ブランドを思い出してもらい、世界観への共感を育てる役割を持つかもしれません。
メールは、まとまった情報や知識を届け、関係を継続する役割を持つかもしれない。
LINEは、顧客の日常に近い場所で、必要な情報に気づいてもらう役割を持つかもしれません。
アプリは、会員証、購入履歴、予約、体験など、複数の顧客接点を統合する役割を担う可能性があります。
ただし、どのツールを導入したとしても、それだけでロイヤリティが形成されるわけではありません。
ツールがロイヤリティを作るのではなく、ツールを通じてどのような価値と関係を積み重ねるかが、ロイヤリティを左右します。
ロイヤリティ形成は、単発の施策ではない
- 会員ランクを作る。
- ポイントを付与する。
- 限定キャンペーンを実施する。
- メールマーケティングを始める。
- アプリを導入する。
これらはすべて、ロイヤリティ形成の手段になり得ます。
しかし、どれか一つを実施すれば、ロイヤリティが形成されるわけではありません。
商品、店舗、接客、コンテンツ、EC、CRMなど、複数の顧客接点を通じて、ブランドの価値が一貫して届けられる必要があります。
- 顧客は、ブランドを理解する。
- 商品やサービスを体験する。
- 期待が満たされる。
- 信頼する。
- 再び選ぶ。
- さらにブランドを知る。
- 人に薦める。
この循環が繰り返される中で、ブランドとの関係が深まっていきます。
ロイヤリティ形成とは、キャンペーンやコミュニケーションツールの話だけではありません。
ブランドと顧客の関係を、総合的かつ継続的に設計することです。
状態・行動・セグメントを分けて考える
実務へ落とし込む際には、ロイヤリティを三段階に分けると整理しやすくなります。
- まず、ブランドとして目指す「状態」を定義する。例えば、ブランドが約束する本質的価値を理解・体験し、その関係を継続したいと思っている状態。
- 次に、その状態がどのような「行動」に表れるのかを考える。再購入、来店、ギフト利用、コンテンツ閲覧、推奨、イベント参加などです。
- 最後に、その行動をどの程度満たした顧客を、施策上の「ロイヤル顧客」というセグメントとして扱うかを決める。RFMや会員ランクは、この段階で使うものです。
つまり、
ブランドとして目指すロイヤリティの状態と、データ上のロイヤル顧客の区分を分けたうえで接続する。
この順番で実施することが重要です。
ロイヤル顧客とは何者か
ロイヤル顧客とは、購入額が大きい人だけではありません。
ブランドを好きだと言っている人だけでもありません。
ブランドが約束する本質的価値を継続的に理解し、体験する。
その価値が期待を満たし、重要な局面では期待を超える。
その積み重ねによって信頼や愛着が生まれ、再び選び、さらにブランドを知り、場合によっては人にも薦めるようになる。
そのようにして、ブランドとの関係を自ら深めていく顧客が、ロイヤル顧客なのだと思います。
ただし、その表れ方は一つではありません。
- 高いLTVとして表れることもある。
- 繰り返しの来店として表れることもある。
- ギフト利用やポジティブな口コミとして表れることもある。
すべての企業に共通する、唯一のロイヤル顧客像はありません。
しかし、答えが一つではないことと、答えを持たなくてよいことは違います。
ロイヤル顧客を増やしたい。
ロイヤリティを形成したい。
そう考えるのであれば、まず自社が顧客とどのような関係を築きたいのかを定義する必要があります。
ブランドの本質的価値を明確にし、その価値を顧客に伝わる形へ翻訳し、商品、店舗、コンテンツ、コミュニケーションを通じて継続的に届ける。
そして、期待を一貫して満たし、重要な局面では期待を超えることで、信頼や愛着を積み重ねていく。
ロイヤリティ形成とは、ブランドと顧客の関係を長期的に設計し、育て続けることなのだと思います。
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