先日、Ralph Laurenの決算に関する記事を読んだ。
2027年度第1四半期の売上高は19.6億ドル。アジアは24%増、中国は40%以上伸び、北米も13%増と好調だった。一方で同社は、長年進めてきたブランドの高級化の一環として、値引き販売への依存を減らす取り組みも続けている。
この記事を読んで、少し前にご縁があって聞いたオニツカタイガーのブランディングの話を思い出した。
具体的な内容は書けないがかなり重なるところがある。
こういう事例だけを並べると、
ブランド価値を高めるなら、販路を絞り、売られる場所をコントロールすべきだ。
という結論を推進しようとなりがちだ。
実際、それっぽい。
ところがNikeはどうかといえば、Nikeは長らくDTCを強化し、顧客との接点を自社へ寄せてきた。しかし現在は、卸売パートナーとの関係を再構築する方向へ動いている。2026年には同社幹部自身が、卸売について「まず関係を修復すること」を重視していると説明している。
さらにOnを見ると、どっちなんだとなる。
Onは「世界で最もプレミアムなスポーツウェアブランド」を目指すことを明確に掲げているが、DTCだけで成長しているわけではない。2025年の売上高30.1億スイスフランのうち、卸売チャネルは17.5億スイスフラン。しかも前年比27.5%増である。On自身も「selective door expansion」、つまり販売先を選びながら卸売拠点を拡大していると説明している。
では、ブランドを強くするためには、販路を絞るべきなのか。広げるべきなのか。
一見すると面白い問いである。
ただ、私はこの問い自体があまり正しいとは思っていない。
「販路を絞る」が正解に見えるRalph Lauren
Ralph Laurenの話は、ブランド戦略の事例として非常に分かりやすい。
同社はここ10年ほど、高価格帯の商品を強化しながら、値引きへの依存を減らし、ブランドイメージを上方へ引き上げてきた。今回の好調な業績も、その長期的な取り組みの延長線上にある。
Ralph Laurenといえば高校時代に制服の上にきていたニットに始まり、渋谷や原宿にいかなくてもアクセスできる比較的自分にとって身近な英国のブランドだった。
最近はロンハーマンでも積極的に取り扱いがあり、当時の10倍近い値段で別注モデルが売られていることを認知している。
ここで重要なのは、ブランドを高級化することと、単純にすべての商品価格を高くすることは違うという点だ。
Ralph Laurenには、比較的手の届きやすいPolo Ralph Laurenもあれば、Purple Labelのような高価格帯もある。
価格階層は存在していい。
私自身、ブランド戦略の支援をする中で強く感じているが、ブランドの高級化とはプレミアム価格で販売するための理由付け作業ではない。
商品、価格、店舗、販路、クリエイティブ、接客まで含めて、顧客がそのブランドをどのように理解するかを設計する仕事である。
だから、ブランドが目指す世界観と整合しない場所で恒常的に値引きされていれば、その状態を修正することには当然意味がある。
Ralph Laurenだけを見れば、
「ブランドを育てたければ、販路を選べ」
という教訓のみを取り出すのが楽な提案だ。
オニツカタイガーの話を聞いたときにも、同じことを感じた
オニツカタイガーのブランディングについても、詳細には触れないが、オフラインでのブランド戦略や、流通の考え方を中心として、一つひとつの施策が独立して存在するのではなく、市場に「自分たちは何者なのか」を理解してもらうために、全体が同じ方向を向いている。
これはブランドの仕事をしていると、極めて重要でありつつ始めの一歩だと感じる部分でもある。
ブランドは企業が「私たちはこういうブランドです」と宣言した瞬間に完成するわけではない。
顧客が何度も商品を見て、店舗へ行き、価格を知り、他の商品と比較し、誰が使っているかを見て、少しずつ頭の中に意味が形成されていく。
ブランドとは、市場の中に蓄積された認識である。
だから当然、どこで売られているかも、その認識形成の一部になる。
Ralph Laurenの記事を見てオニツカタイガーの話を思い出したのは、そのためだった。
ところがNikeは、逆方向へ動いている
ここでNikeを見る。
NikeはデジタルとDTCを強化し、ブランド体験や顧客との関係を自社でコントロールする方向へ大きく舵を切ってきた。
ECに携わっている立場からすると、その合理性は非常によく分かる。
- 自社ECなら顧客データを取得できる。
- ブランド体験を管理できる。
- CRMができる。
- 小売パートナーへ支払っていたマージンも、自社側へ残りやすい。
これだけ並べると、DTCはかなり強そうに見える。
実際、原宿のNikeのスタッフはNikeっぽい人たちだった。
しかし現在のNikeは、卸を単純に減らし続けているわけではない。
2026年度第4四半期では卸売売上が66億ドルで前年同期比4%増だった一方、NIKE Directは41億ドルで7%減だった。同社は「marketplace elevation」を進めながら、小売パートナーとの関係を再び強化している。
では、NikeのDTC戦略は間違いだったのか。
私は、そういう見方もしない。
ある時期にNikeがDTCを強化したことと、現在卸との関係を強めていることは、必ずしも矛盾しない。
ブランドが置かれている現在地と、次に解くべき課題が変われば、選ぶ施策も変わる。
むしろ当然である。
Onを見ると、「直営か卸か」という分類自体が怪しくなる
さらに面白いのがOnだ。
Onはプレミアム戦略を明確に掲げながら、DTCと卸売の両方を伸ばしている。
2025年はDTCが前年比33.7%増、卸売も27.5%増。2026年第1四半期でも両方のチャネルが成長している。
ここから分かることはシンプルだ。
卸で売ることと、ブランドをコントロールできないことは同義ではない。
私は、直営か卸かという区分そのものをブランド戦略上の本質的な論点だとは考えていない。
重要なのは、その場所でどう売られているかである。
- 何と並んでいるのか。
- どんな顧客が来るのか。
- 値引きされるのか。
- スタッフはどう説明するのか。
- ブランドにとって新しい顧客との接点になるのか。
同じ「卸」という売上区分でも、高感度な専門店で定価販売されることと、常時値引きされるチャネルへ大量に流通することでは、ブランドに与える意味はまったく違う。
Onが興味深いのは、卸を否定するのではなく、販売先を選びながらプレミアムなブランド表現を維持しようとしていることである。On自身も「premium brand expression across channels」という表現を使っている。
「販路を絞るべきか、広げるべきか」という問いが間違っている
ここまで見ると、
- Ralph Laurenは販路を整理している。
- オニツカタイガーにも、売る場所を含めてブランドを作る思想がある。
- Nikeは卸との関係を戻している。
- Onは卸を使いながらプレミアムブランドとして成長している。
では結局、どれが正しいのか。
私の答えは、この四社の施策だけを横に並べて、どれが正しいかを判定すること自体にあまり意味がないである。
各社は、歴史も違えば、市場での認知も違う。
顧客も違う。
価格帯も違う。
ブランドの浸透度も違う。
そして何より、現在抱えている課題が違う。
にもかかわらず、
- 「Ralph Laurenは販路を減らして成功した」
- 「NikeはDTCで失敗して卸へ戻った」
- 「Onは卸でも成功している」
と施策だけを切り取ると、途端にブランド戦略が成功事例クイズになってしまう。
実務では、そんなに簡単ではない。
見るべきなのは、
その会社が何をしたかではなく、なぜその時点でそれをする必要があったのか。
である。
ブランド戦略とは、目的地までの「順番」を設計すること
ここからは、私自身がブランドやECの戦略設計に関わってきた経験も含むので、多少主観が入る。
その前提で言い切ると、ブランド戦略で極めて重要なのは「順番」の設計である。
- ブランドとして長期的にどんな価値を市場へ定着させたいのか。
- 何者として認識されたいのか。
- 誰に選ばれたいのか。
- 何に対してプレミアムを払ってもらいたいのか。
- どのカテゴリーでどんな存在になりたいのか。
まずここを決める。
そのうえで、現在地からそこまでの間にチェックポイントを置く。
かなり抽象化すると、次のような流れがある。
ブランドの意味が市場に定着するまでのチェックポイント
- ブランドの意味を定義する
- 特定の顧客へ濃く浸透させる
- 商品や体験によって、その意味を証明する
- 認知と接触を広げる
- 流通を広げる
- 広げてもブランドの意味や価格が崩れない状態を作る
もちろん、すべての企業がこの順番通りに進むわけではない。
既に認知がある企業もあれば、流通だけ先に広がってしまった企業もある。
途中の複数工程を同時に進めることもある。
ただ、私の経験上、どこから始めたとしても、目指すべきチェックポイントにはかなり共通性がある。
そして今どのチェックポイントにいるかによって、取るべき施策は変わる。
ブランド戦略という文脈で書いているが、スタートアップのPMF(プロダクトマーケットフィット)も基本的には同じ流れで進行する。
販路を絞ることも、広げることも、どちらも正解になり得る
ブランドの意味がまだ市場に定着していない段階で、無秩序に流通を広げれば、その意味は薄まりやすい。
だから、ある段階では販路をかなり選ぶ必要がある。
店舗も絞る。
顧客も絞る。
商品も絞る。
一見すると機会損失に見えることを、あえてやる。
ブランドの意味を濃くするためである。
しかし、意味が十分に形成された後まで接触を制限し続ければ、今度は市場浸透が進まない。
その段階では流通を広げることが成長につながる。
さらに広げた結果、価格や売られ方が崩れてくれば、また整理することもある。
つまり、「販路を絞る」と「販路を広げる」は、反対のブランド戦略ではない。
同じ目的地へ向かう過程で、異なるタイミングに選択される施策である。
同じブランドですら、5年前に正しかった施策が、今も正しいとは限らない。
だから戦略には時間軸が必要になる。
私が良く着るノースフェイスも、現在近所のホームセンターで普通に雑な陳列で売られているが、その本質的価値に根ざした強いブランドイメージがそれで大きく崩れているかと言われれば限定的であろう。
ここは個人の感想だが笑
成功企業から「施策」を学ぶと、結構危ない
成功事例を見ると、人はすぐに抽象化したくなる。
- 旗艦店を作った。
- 値上げした。
- 卸を減らした。
- DTCを強化した。
- コラボレーションを増やした。
だから自社でもやろう。
気持ちは非常によく分かる。
ただ、私は成功企業の施策を見るとき、その施策そのものよりも、その前後を見るべきだと考えている。
成功事例から学ぶときに、施策の前後で確認すること
- その会社はどこを目指しているのか。
- その時点で何が足りなかったのか。
- 次にどんな状態を作る必要があったのか。
- そのために、なぜその施策を選んだのか。
ここまで分かって初めて、その事例から学べる。
施策だけを抜き出して横展開しても、それは戦略ではない。
おわりに|戦略とは、正しい施策を知ることではなく、正しい順番を作ること
Ralph Laurenのニュースだけを読めば、
「ブランドを高級化したければ販路を絞るべきだ」
という記事を書くこともできる。
オニツカタイガーの話を聞いていると、その主張にはさらに説得力があるようにも見える。
しかしNikeがいる。
Onもいる。
そこで、
「結局、販路は絞るべきなのか、広げるべきなのか」
と問いたくなる。
ただ、ブランド戦略の実務では、その二択から始めない方がいい。
まず考えるべきなのは、
ブランドの本質的な価値を、長期的に市場のどこへ置くのか。
そして、
現在地からそこへ至るまでに、どんなチェックポイントを置き、何をどの順番で市場へ浸透させるのか。
それが決まって初めて、販路を絞るのか、広げるのか、直営店を作るのか、百貨店へ卸すのか、ECを強化するのかという施策に意味が生まれる。
ブランド戦略とは、成功企業がやった「正しい施策」を知っていることではない。
目的地を決め、現在地を理解し、そこまでの正しい順番を設計することである。
その意味では、Ralph LaurenとNikeが違う施策を取っていることは、何も不思議ではない。
むしろ、それぞれが今どこにいて、次にどこへ向かおうとしているのか。
成功事例を見るとき、本当に面白いのはそこだと思う。
そして最後に書いておきたい個人の感想だが、ブランド戦略にゴールはなく、走り続けること自体が目的だ、というNikeのブランド哲学を象徴する言葉は、実は1番好きな言葉だったりする。
結局何が言いたかったんですか?というツッコミはいらない。
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