EC事業を運営していると、広告CPA、CVR、リピート率、LTVといった指標を日常的に確認することになります。
広告CPAが上がれば、クリエイティブや配信対象を見直す。CVRが低ければ、商品ページや購入導線を改善する。リピート率が低ければ、メールやLINEを使って既存顧客へのアプローチを強化する。
どれも正しい取り組みです。
私自身、EC支援の現場では、こうした指標をもとに課題を特定し、改善策を考えています。広告CPAやLTVを無視して事業を伸ばすことはできません。
一方で、これらの指標だけを見ていると、事業の成長を左右する重要な構造を見落としてしまうことがあります。
それが、チャネル同士が互いの価値を高め合う「相乗効果」です。
広告CPAもLTVも重要。それでも見落としているものがある
一般的なECの分析では、各チャネルの成果を個別に評価します。
- 広告経由で何件の購入があったのか。
- InstagramからどれだけECへ流入したのか。
- 店舗の売上はいくらだったのか。
- メールやLINEからどれだけ再購入が発生したのか。
チャネルごとに成果を把握し、費用対効果の高い施策へ投資を寄せることは、経営判断として合理的です。
ただし、顧客の行動は必ずしもチャネルごとに完結しているわけではありません。
店舗で商品を体験した人が、後日ECで購入することがあります。ECで商品を購入したことをきっかけに、実店舗やイベントへ行きたくなることもあります。イベントに参加した熱量が、物販や会員登録につながることもあります。
さらに、商品を購入した人が誰かに贈ることで、贈られた相手が新しい顧客になることもあります。
このような動きは、広告CPAやチャネル別売上だけでは十分に捉えられません。
CPAが測っているのは、その顧客を獲得するためにかかった費用です。LTVが測っているのは、その顧客が一定期間に生み出した売上や利益です。
しかし、ある体験が別の体験への興味を生み、その体験がさらに次の購買や新規顧客を生んでいる場合、その価値は一つの指標やチャネルの中には収まりません。
CPAやLTVが測っているのは循環の一部分であり、循環そのものではないのです。
従来のカスタマージャーニーは、なぜ一本道になりやすいのか
一般的なカスタマージャーニーは、認知、興味、比較、購入、継続利用といった段階で表現されます。
顧客がどの段階にいるのかを整理し、それぞれの段階に必要な施策を考えるうえでは、非常に有効な方法です。
一方で、この考え方には、顧客が企業の想定した順番に沿って前へ進むように見えやすいという特徴があります。
広告で認知し、Webサイトで商品を比較し、ECで購入する。購入後はメールやLINEでフォローし、再購入してもらう。
この流れだけを見ると、購入が一つの到達点となり、その後は企業が顧客に働きかけ続ける構造になります。
もちろん、現実の顧客行動はそれほど単純ではありません。
SNSで商品を知った後、すぐには購入せず、半年後に店舗を訪れるかもしれません。店舗で商品を購入した後、ブランドのYouTubeを見始めるかもしれません。商品を使い続けるうちに、そのブランドが主催するイベントに参加したくなることもあります。
購入後にSNSへ戻ることもあれば、店舗からECへ進み、ECからイベントへ移ることもあります。
顧客は企業が描いた一本道を歩くのではなく、複数の接点を行き来しています。
そのため、購入後にCRM施策を追加するだけでは、まだフライホイール型とは言えません。
購入後も企業がクーポンやセール情報を送り続け、顧客を次の購入へ押しているだけであれば、一本道が少し長くなったにすぎないからです。
フライホイール型カスタマージャーニーとは何か
私が考えるフライホイール型カスタマージャーニーとは、一つの顧客体験が、別の顧客体験を求める理由になる構造です。
例えば、次のようにチャネルを並べたとします。
- 店舗
- EC
- LINE
- 再購入
一見すると循環しているように見えます。
しかし、店舗で購入した顧客にEC会員登録を案内し、その後LINEでセール情報を送り、再購入を促しているだけであれば、それは企業が作った販売導線です。
重要なのは、矢印でチャネルがつながっていることではありません。
店舗で得た体験があるから、自宅でも商品を楽しみたくなる。商品を所有したから、そのブランドのイベントへ行きたくなる。イベントで得た感動があるから、関連商品を欲しくなる。商品を購入したことで、次のイベントへの期待がさらに高まる。
このように、前の体験が次の行動への欲求を生んでいることが重要です。
企業が「次はここへ進んでください」と顧客を押すのではなく、顧客自身が自然に次の体験を求める。
チャネルがつながっているのではなく、顧客の欲求がつながっている。
これがフライホイール型カスタマージャーニーの基本だと考えています。
体験が次の体験を売る事業はなぜ強いのか
この考え方に至るきっかけの一つが、ホロライブプロダクションの事業構造でした。
私は当事者でもクライアントでもないため、あくまでも外部から確認できる範囲での考察ですが、複数のチャネルが非常に自然に連動しているように見えます。
YouTube Shortsや音楽配信をきっかけに新しいファンが生まれる。YouTubeの配信を見続けることで、タレントへの理解や愛着が深まる。Xでは日常的に情報へ触れ、ファン同士の会話や共有が起きる。
そこからライブへ参加すると、関連する物販が欲しくなる。グッズを所有すると、次のライブや配信への愛着がさらに強まる。
ライブはライブの売上だけを生み出しているのではありません。ライブで高まった熱量が、物販や配信視聴、次のライブへの参加意欲を生みます。
物販も、商品単体の売上だけを生み出しているわけではありません。商品を所有することで日常的にコンテンツとの接触が生まれ、次の体験を求める理由になります。
一つ一つの接点が独立しているのではなく、それぞれが別の接点の魅力を高めている。
この構造が、非常に美しいと感じました。
当然ながら、すべての企業が同じチャネルを持てるわけではありません。ライブ、音楽配信、動画、物販を展開すればよいという話でもありません。
参考にすべきなのは、使用している媒体ではなく、それぞれの接点が単独で完結せず、次の体験への需要を生み出している点です。
強いチャネルは、自分自身の売上だけでなく、他のチャネルの需要も生み出します。
なぜチャネル間の相乗効果は、CPAやLTVでは捉えにくいのか
チャネル間の相乗効果が捉えにくい理由は、一般的な効果測定が、直接的な成果を重視するように設計されているからです。
例えば、イベント単体では大きな利益が出ていないとします。
イベント会場費、人件費、制作費などを含めると、採算性が低く見えるかもしれません。
しかし、そのイベントへの参加によって商品への愛着が深まり、その後のEC購入や次回イベントへの参加、SNS上での発信が増えているのであれば、イベントの価値を会場内の売上だけで評価することはできません。
実店舗も同様です。
店舗の売上だけを見れば、賃料や人件費に対して効率が悪く見える場合があります。しかし、店舗体験がECでの継続購入やブランドへの信頼を生んでいるのであれば、EC売上の一部には店舗の貢献が含まれています。
反対に、広告から大きな売上が発生していたとしても、その顧客がブランドとの別の接点を持たず、広告を止めれば関係も止まってしまうのであれば、事業全体に対する効果は限定的です。
LTVについても同じことが言えます。
同じ金額を購入した顧客でも、広告経由で同じ商品を繰り返し購入している人と、店舗、EC、イベント、ギフトなど複数の体験を横断している人では、ブランドとの関係性が異なります。
さらに、その顧客が誰かに商品を贈ったり、SNSで発信したり、新しい顧客を連れてきたりする場合、本人の購買額だけでは価値を表現できません。
だからといって、CPAやLTVが不要になるわけではありません。
必要なのは、従来の指標に加えて、ある体験が次にどのような行動を生んだのかを見ることです。
チャネルの価値は、そのチャネルの中で完結する成果だけでは決まりません。
相乗効果は、チャネルを増やせば生まれるわけではない
ここまでの話を聞くと、複数のチャネルを持つことが重要だと受け取られるかもしれません。
しかし、YouTube、Instagram、TikTok、X、LINE、店舗、イベントなどを増やせば、自然にフライホイールが生まれるわけではありません。
むしろ、チャネルを増やすほど、運営や効果測定は複雑になります。
それぞれにコンテンツを用意し、更新し、顧客対応を行い、数値を確認する必要があります。担当者が足りなければ更新が止まり、どのチャネルも中途半端になる可能性があります。
大切なのはチャネルの数ではなく、それぞれが異なる役割を持っていることです。
あるチャネルでは新しい顧客との出会いをつくる。別のチャネルでは、商品やブランドを深く理解してもらう。店舗では五感を使った体験を提供し、イベントでは所属感や熱量を高める。商品を所有することで、日常の中でもブランドとの接触が続く。
このように異なる役割を持つからこそ、チャネル同士が互いを補完できます。
一つのチャネルですべてを実現しようとすると、その媒体が得意ではない体験まで押し込むことになります。
- Instagramで大量の文字情報を発信する。
- LINEをブランドの世界観を伝える主要メディアとして使う。
- 短尺動画だけで複雑な思想を説明しようとする。
実行できないわけではありません。
利用者が多い媒体へ情報を集約することには、運営効率の面で一定の合理性もあります。
しかし、「その媒体でできること」と「その媒体で自然に受け入れられること」は同じではありません。
この点については、次回の記事で詳しく扱います。
中小企業は、理想の全体図ではなく制約条件から考える
ホロライブのような事例を見ると、多くの企業は「自社にはそこまでできない」と感じると思います。
実際、その認識は間違っていません。
企業には必ず制約条件があります。
使える予算、担当できる人員、コンテンツの制作能力、既存システム、顧客層、店舗の有無、社内の得意不得意などです。
これらは簡単には変えられません。
そのため、理想的なチャネル構成を先に描き、後から実行方法を考えるだけでは、現実と乖離する可能性があります。
まず確認すべきなのは、自社にとって簡単には変えられない制約条件です。
動画制作が得意ではない企業が、YouTubeやTikTokを主戦場にするのは難しいかもしれません。顧客の中心が年配層であれば、若年層向けのSNSよりもLINEや店舗での接点の方が合理的かもしれません。
複数の媒体を管理できる人員がいないのであれば、チャネルを絞ることも必要です。
フライホイールをつくるために、最初から巨大な仕組みを用意する必要はありません。
まずは現在持っている接点の中から、自然につながる二つか三つを見つける。
- 店舗で体験した商品を、自宅でも継続して楽しみたい。
- 商品を購入したことで、その商品の背景にある地域や文化を実際に体験したい。
- イベントへ参加したことで、その場でしか得られない商品を所有したい。
こうした欲求のつながりを見つけ、顧客が次の体験へ移りやすいようにすることが出発点です。
フライホイールとは、チャネルを増やすことではありません。
今ある顧客接点の間に、自然な循環をつくることです。
最初に設計すべきなのは「次に何をしてほしいか」ではない
一般的なマーケティング施策では、一つの接点から次にどのような行動を取ってもらうかを考えます。
- 広告を見た人にECへ来てもらう。
- 商品を購入した人にLINEへ登録してもらう。
- LINEへ登録した人に再購入してもらう。
企業側の目的から考えれば、正しい設計です。
一方で、この考え方だけでは、企業都合の導線になりやすくなります。
顧客は、企業がしてほしい行動を取るために存在しているわけではありません。
そのため、最初に考えるべき問いは、
「この接点から、次に何をしてほしいか」
ではなく、
「この体験をした顧客は、自然に次に何をしたくなるのか」
です。
- ライブに参加した後で、その体験を持ち帰るために商品が欲しくなる。
- 店舗で飲んだお茶を、自宅でも楽しみたくなる。
- 旅先で購入した商品を、今度は誰かに贈りたくなる。
このような行動は、企業が強く促さなくても発生します。
もちろん、実際にはECへの導線や会員登録、購入機能などの仕組みが必要です。
しかし、仕組みだけを整えても、顧客の欲求がつながっていなければ大きな循環にはなりません。
企業が次の行動を押しつけるのではなく、現在の体験が次の欲求を生むようにする。
その欲求を、適切なチャネルで支える。
それが、フライホイール型カスタマージャーニーの設計です。
チャネル単体の効率から、事業全体の循環へ
広告CPAやLTVは、これからも重要な指標です。
個別のチャネルを改善し、費用対効果を高める取り組みも欠かせません。
しかし、それぞれの数値を個別に改善するだけでは、事業全体が強くなるとは限りません。
フライホイールで見るべき視点
- あるチャネルが、別のチャネルへの関心を高めているか。
- 一つの体験が、次の体験を求める理由になっているか。
- 顧客の行動が、企業からの継続的な圧力によってではなく、自然な欲求によって循環しているか。
各チャネルで売上をつくることから、チャネル同士が互いの利用理由をつくることへ。
個別の施策を最適化することから、事業全体の循環を設計することへ。
優れたチャネルは、その場で成果を生むだけではなく、別のチャネルの価値まで高めます。
この相乗効果を意図的に設計することが、フライホイール型カスタマージャーニーの出発点です。
次回予告:そのチャネルは、本当にその役割に向いているのか
では、どのチャネルにどの役割を持たせれば、顧客体験は自然に循環するのでしょうか。
顧客が多く利用しているチャネルに、すべての情報を集約すればよいのでしょうか。それとも、媒体ごとに発信内容や体験を明確に分けるべきなのでしょうか。
例えばInstagramでは、一時期、文字情報を多く含む「お役立ち投稿」が広く使われました。保存やシェアを獲得しやすく、アルゴリズム上の合理性もあったと思います。
一方で、ビジュアルを中心とする媒体に大量の文字情報を載せることは、本当に媒体の特性に合っているのでしょうか。
LINEにも似た問題があります。
LINE公式アカウントは高い開封率や売上への貢献が期待できます。しかし、友人や家族、仕事関係者との連絡に使われる空間へ、企業が一斉配信を送り続けることは、顧客にとって本当に自然なのでしょうか。
同じLINEでも、ラグジュアリーブランドの担当者から個別に連絡が来ることには違和感がありません。しかし、ブランドの公式アカウントから全員へ同じ情報が送られてくると、ブランドによっては特別感や距離感が損なわれる可能性があります。
媒体にはそれぞれ、ユーザーが期待している体験や関係性があります。
さらに、アルゴリズム、ブランドの性格、顧客層、文化、運営リソースといった条件も考える必要があります。
そして、これらを整理するときに一つの重要な判断軸になるのが、
その使い方は、顧客にとって自然か。
という問いです。
次回は、媒体特性とアルゴリズムの違い、一つの媒体へ情報を集約する合理性と限界、LINEやInstagramで期待されているコミュニケーションの違いを整理しながら、チャネルごとの役割をどのように決めるべきかを考えます。
- 自社の顧客がその媒体を使っているから、という理由だけでチャネルを選んでいないか。
- その媒体でできることと、その媒体で自然に受け入れられることを混同していないか。
次回は、フライホイールを実際に回すうえで避けて通れない「チャネルの役割設計」を深掘りします。
関連コラム:ロイヤル顧客とは何者か?(循環の主体となる、顧客との関係の定義から考える)
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