Vertical AIという言葉をご存じだろうか?
一応、verticalとは垂直ということで、縦、深くなる、などの表現で使われる。
ChatGPTやClaudeのように、文章を書く、調べる、分析する、コードを書くといった幅広い用途に使えるAIは、Horizontal AIと呼ばれる。
それに対して、法律、医療、金融など、特定の業界や業務に特化して作られたAIがVertical AIである。
2026年9月、OpenAIは「ChatGPT for Financial Services」を発表した。
要約すると、GPT-6 Astraの推論能力と、Daloopa、PitchBook、LSEG Newsなどの金融データを組み合わせ、企業調査、財務分析、Financial Modelの作成、顧客向け資料の作成までを一つの環境で行えるようにし、Morgan StanleyとEvercoreをDesign Partnerとして開発しており、Investment BankingやEquity Researchを中心に、Value Analysis、LBO Modelling、Buyer Screening、Earnings Analysis、Pitchbook Preparationといった実務を想定している。
だそうだ。
金融業界の読者を想定していないため意味不明だと思う。私も詳細はわからないが、業務内容を丸ごとパッケージ化して販売し始めたというような趣旨は理解できる。
今回は、今後のAIの進化とそれに企業がどう対応して行くのか、ということを考える上での考察記事になる。
Vertical AIは「知っているAI」から「仕事をするAI」へ
Vertical AIの進化を大雑把に並べると、
AIが引き受ける範囲の広がり
- 知識を答える
- 判断を支援する
- 実際に作業する
- 一連の仕事を引き受ける
- 最終的な成果まで目指す
と、AIが引き受ける範囲が広がっている。
最初は、その業界の専門知識を持っていて、質問すると答えてくれる。
次に、与えられた情報をもとに判断する。
そこから、実際に何らかの操作や作業まで行うようになる。
さらに複数の作業をつなぎ、一つのJobとして引き受ける。
最終的には、「何をしたか」ではなく「どんな成果を出したか」まで求められるようになる。
例えば「メールを書いて」はTaskである。
「CRMを運用して」はJobになる。
そして「既存顧客からの売上を増やして」となれば、かなりOutcomeに近い。
ここまで来ると、Vertical AIは、Job AIと呼んだ方が分かりやすいものも出てくる。
Jobを任せるには、専門知識だけでは足りない
冒頭の「ChatGPT for Financial Services」はこのJob AIの流れをくむ。
仕事に必要なデータがあり、何を見るべきかという判断基準があり、業務の進め方があり、使うツールがあり、最終的な成果物の形式まで入っている。
まだイメージが湧きにくいと思うので、これをECに置き換える。
例えば、「AIパッケージ for CRM担当」を作るとする。
単に「休眠顧客向けのメールを書いてください」と頼んで文章を生成するだけなら、従来の生成AIとそれほど変わらない。
CRMというJobを任せるのであれば、PDCAする必要があるし、コンテキストのインプットも必要だ。また当然に蓄積されたデータが参照できる状態になければならない。
まずShopifyの購入履歴を見て、購入回数、最終購入日、購入商品などを確認する。CRMツールなどのデータも見て、過去の配信、開封、クリック、売上を確認する。
そのうえで、「2回目購入率が落ちている」「この商品を買った顧客は一定期間後に別の商品を買いやすい」といったことを判断し、対象顧客を抽出する。
施策を考え、メールを作り、配信し、結果を見る。
さらに、「このブランドでは20%以上値引きしない」「この商品は値引き対象にしない」「この表現は使わない」「配信前に担当者の承認を取る」といった、その企業固有のルールまで理解する必要がある。
そして配信して終わりではなく、売上やリピート率がどう変わったのかを見て、次の施策を変える。
ここまでを一つにして初めて、「CRMを任せる」に近づく。
「CRMを任せる」に必要になるもの
- 専門知識 ― その業務で何を見るべきかを知っている
- データ ― 購入履歴や配信結果を参照できる状態にある
- 判断基準 ― 数字をどう読み、誰を対象にするかを決められる
- Workflow ― 抽出から施策、配信、評価までの進め方
- ツール ― 実際に抽出や配信を実行する手段
- 企業固有ルール ― 値引きの上限、使わない表現、承認の取り方
- 実行と評価 ― 配信して終わりにせず、結果を見て次を変える
専門知識だけではなく、データ、判断基準、Workflow、ツール、企業固有ルール、実行、評価までがパッケージ化される。
こういう状態を、ChatGPTが良く提案してくるワードをそのまま使うなら、その仕事を行うための「業務OS」までAIに内包されていると表現してもいいのかもしれない笑
この進化はECにも波及するのか
今回の金融の事例を見ると、次に気になるのは当然、同じことがECでも起きるのか、ということになる。
私は長期的には起きると思う。
AI銘柄ガチホ勢として、向こう数年のcapexを見ているとそこまで進化して全く不思議でない。
ただし、ECはJobの時点でも領域が非常に広い上、結果出せとまで言われるとそれなりの時間がかかると思われる。
「EC向けChatGPT」が一つできて、広告、CRM、CS、MD、CRO、サイト構築、物流まで何でも高いレベルでやる、という形にすぐになるとは考えにくい。
広告運用とCRMでは、必要な専門性もデータも違う。CSとMDでも違う。サイトを作る仕事と、物流を改善する仕事もまったく違う。
だから、まずは個別のJobが一つずつVertical AI化されていくと考える方が自然である。
というか、Vertical AIの進化という枠組みでAIの変化を捉えていないだけで、その兆候はすでにあることはご理解いただけるように思う。
ECでは、すでにJobやOutcomeを渡し始めている
分かりやすいのがGoogle広告のP-MAXである。
広告主はコンバージョン目標を設定し、必要に応じて目標ROASやCPAを渡す。Google側は、その目標に向けてAIを使い、入札や配信を自動で最適化する。細かな運用方法を一つずつ指示するのではなく、「このOutcomeを目指してほしい」という仕事の渡し方にかなり近い。
CSでも同じ方向の動きがある。
GorgiasというアプリのAI Agentは、問い合わせに文章で回答するだけではなく、Shopifyの商品や注文、顧客情報を参照し、返品やキャンセル、配送先変更などのActionを実行できる。購入前であれば、閲覧状況やカート、商品情報をもとに商品を提案することもできる。ブランド独自のルールやナレッジも設定できる。
P-MAXとGorgiasはまったく違う製品である。
これまでは、「Google広告の自動化」と「AIによるカスタマーサポート」として別々に見ていた。
しかしVertical AIという軸で並べてみると、同じ方向への変化として見ることができる。
人間が一つずつTaskを指示する状態から、そのJobに必要なデータや判断、ActionをAI側に持たせ、徐々にOutcomeまで渡していく。
この整理をすると、これからECで何が起きそうなのかも少し見えやすくなる。
EC全体が突然一つのAIに置き換わるのではなく、まず広告、CRM、CS、CRO、MD、サイト構築といったJobごとに、こうしたVertical AIが増えていく。
そして、それぞれが十分に成熟した後には、それらをさらに上位で束ねるマネジメントAIが出てくる可能性もある。
「ECでAIを使う」というと、これまでは文章生成、画像生成、分析といったTask単位で考えることが多かった。
しかし今後は、AIに何をさせるかではなく、どのJobをAIに渡すか、どんな結果を求めるかという考え方に変わっていくのかもしれない。
おわりに|Vertical AIが進化すると、人の仕事はどうなるのか
最後に、この先について少しだけ考えてみたい。
P-MAXが登場しても、広告担当者はいなくならなかった。
ただ、細かな入札調整など、人間が行っていた仕事の一部がGoogle側に移ったことで、優秀な人が以前より広い範囲を管理しやすくなったことは確かだと思う。
Vertical AIがCRM、CS、CROなどにも広がれば、同じことはEC全体でも起こり得る。
しかも生成AIは、「この仕事では何を見るべきか」「この数字をどう読むべきか」といった基礎的な専門知識まで補ってくれる。
そう考えると、AIによって人間の仕事がそのまま一つずつ消えていくというより、Vertical AIを使うことで、一人の優秀な人が持てる仕事の範囲が広がっていく可能性の方が現実的に思える。
一方で、EC全体を見る仕事まで簡単になくなるとは思わない。
広告AIは広告効率を上げようとする。CRM AIは既存顧客からの売上を増やそうとする。CRO AIはCVRを上げようとする。
しかし実際の経営は生き物であり、売上と利益、短期と長期、新規と既存、効率とブランド、リソース、などなどの何を優先するのか決めなければならない。
これらのコンテキストを常時AIに学習、保持させ続ける方法論はイメージが湧かない。
さらには当然ながら、責任を結局誰が持つのか、軌道修正が必要になった際に、どうAIをチューニングするのか、などまだ解くべき難題は山のようにある。
そして、決定的な話として、そもそもそこまで高度化されたAIを利用するコストが、現状程度で維持されるのか、それとも人間を雇った方がむしろ安いのかということもまだわかっていない。
ここまでで、Vertical AIの進化と波及という観点から未来予測的な記事を書いてみたが、この言葉を知った上でECを見渡してみると、これまで別々のAI機能に見えていたものが、「仕事そのものがAIにパッケージ化されていく流れ」として見えてくる。
Shopifyはsidekickがかなりその方向に近くなっている。しかしながら、sidekick自体が戦略を考えて来月の売上を倍にして、と依頼してもEC業務におけるフィジカルの部分がまとめてAI化されなければそんな期待には答えられない。そしてそれをパッケージ化できるかどうかと言われればかなり遠い未来な気はしている。
ということで、目の前の業務を引き続きがんばりましょう。
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