「この市場は今後縮小していく」
市場調査や事業計画の文脈に限らず、よく出てくる言葉だ。
日本では特に、少子高齢化や人口減少とセットで語られることが多い。出生数が減っているからベビー市場は厳しい。人口が減るから国内需要は縮小する。ある商品や商習慣の利用者が減っているから、その市場も縮小する。
数字としては、その通りなのだと思う。
ただ最近、こうした「縮小市場」という言葉は、思っている以上に強い思考停止ワードなのではないかと感じるようになった。
市場が縮小していると聞いた瞬間に、その市場には投資する価値がないように見えてしまうからだ。
しかし、市場が縮小することと、その市場にいる企業が成長できないことは、必ずしも同じではない。この程度のことは賢明な読者の皆様はご存じであろう。
今回は、そのもう少し先まで「縮小市場」というものについて考えてみたい。
市場が縮んでも、企業まで同じように縮むとは限らない
まずは現実に起きている事例から見ていきたいが、このタイトルの時点でツッコミを入れたい読者の気持ちはわかるので、溜飲を下げていただき、とりあえず読み進めてほしい。
まず、縮小市場と聞いてわかりやすいのは少子化問題、関係する分かりやすいのがベビー用品だ。
日本では子どもの数が長期的に減っている。当然、数量だけを見れば強い逆風が吹いている。
一方で、一人の子どもにかける金額が増えたり、より高機能、高品質な商品が選ばれたりすれば、すべての事業者が出生数と同じ速度で縮小するわけではない。
ペットも似ている。
飼育頭数が大きく増えなくても、ペットを家族として扱う人が増え、一頭あたりに使われる金額が増えれば、市場の中身は変わる。
不動産はさらに分かりやすい。
日本全体では人口が減っているにもかかわらず、東京の一部地域では住宅価格が上がり続けている。日本の人口という巨大なマクロ指標だけでは、特定地域への需要集中や供給の希少性までは説明できない。
つまり、顧客数が減ることと、売上が減ることは同義ではない。
市場規模をかなり単純化すれば、顧客数 × 購入率 × 購買頻度 × 平均単価のような複数の変数によって構成される。
そして個社の売上は、その市場の中で自社がどれだけのシェアを取れるかによって、さらに変わる。
「市場が縮小している」という一言で見てしまうと、この中のどの変数が動いているのかが見えなくなる。
実際、縮小市場の中で企業が成長するパターンにもいくつかある。
縮小市場の中で企業が成長する5つのパターン
- 一人あたり支出を増やす ― ベビー用品やペット
- 市場を地理的に広げる ― 国内だけでなく海外需要を取り込む
- 需要が特定エリアや資産へ集中する ― 東京の不動産
- 用途や価値の定義を変える ― 高付加価値化したカメラなど
- 競合からシェアを奪う、第一想起を取る ― ギフトなど
市場を構成する一つの変数が悪化していたとしても、別の変数を大きく動かせるのであれば、個社としては十分に成長できる。
市場成長率と、自社の成長余地は別の数字
例えば、現在1,000億円ある市場が、10年後に800億円まで縮小するとする。
市場全体としては20%の縮小である。
しかし、その市場で現在10億円を売っている企業のシェアは1%にすぎない。
10年後にシェアを2%まで伸ばすことができれば、800億円の2%なので売上は16億円になる。
市場全体は20%縮小しているのに、その企業の売上は60%伸びる。
極端に単純化した例ではあるが、「市場が縮んでいる」という情報だけでは、その企業の成長余地までは分からないことがよく分かる。
事業を考える上で、市場成長率はもちろん重要だ。
ただ、それはあくまで市場全体の数字であって、自社の成長率や成長余地とイコールではない。
「縮小市場かどうか」だけでは、投資判断にならない
ここでもう一つ軸を加えてみたい。
その市場が成長しているか、縮小しているかだけでなく、自社がその市場でシェアを取りやすいのか、取りにくいのかという軸である。
| 自社がシェアを取りやすい | 自社がシェアを取りにくい | |
|---|---|---|
| 成長市場 | 最優先の投資候補 | 市場は魅力的だが慎重 |
| 縮小市場 | 意外と有力な投資候補 | 撤退・縮小も検討 |
もちろん、実際の経営判断がこんな単純な4象限で決まるわけではない。
ただ、「縮小市場」という言葉の罠を考えるには分かりやすい。
市場成長率だけを見ていると、左下の「市場は縮小しているが、自社はシェアを取りやすい」という領域を切り捨てやすい。
すでにブランド認知がある。既存顧客がいる。商品力がある。販売チャネルや物流網がある。競合が市場縮小を理由に投資を控え始めている。まだ取りこぼしている需要が多い。
そうした状況なら、市場全体が縮小していても、自社にとっては大きな成長余地が残っている可能性がある。
逆に、市場が急成長していたとしても、自社にほとんど競争優位がなく、顧客獲得コストが高く、競合が次々と参入してくるのであれば、その市場が自社にとって魅力的とは限らない。
縮小しても、残る需要のシェアは取りにいける
最近、ギフトに関する事業について考える機会があった。
お中元やお歳暮については、個人間では以前ほど一般的ではなくなっている印象がある。また、企業がこうした慣習を取りやめるというニュースを目にすることもある。
ただ、だからといって、フォーマルな贈答そのものが今後大きくなくなっていくのかというと、個人的には少し疑問もある。
特に法人の場合、贈答はそこで働いている個人の嗜好だけで決まるものではない。
取引先への挨拶やお礼、節目での贈り物といった行為は、企業文化や業界慣習、取引先との関係性の中で続いている面がある。むしろ企業という組織は、そこで働く人が若くなったとしても、歴史を重ねるほど「これまで大切にしてきた文化を守る」という意識が強くなることすらあるのではないかと思う。
もちろん、これは私自身の感覚であり、フォーマルギフト市場全体が今後どう推移するのかについて、ここで断定するつもりはない。
ここで考えたいのは、その市場が伸びるか縮むかの予測そのものではなく、仮に市場全体が縮小したとしても、一定の需要が残るのであれば、その中で個社がシェアを伸ばす余地は残るということだ。
ギフトは、その構造を考える上で分かりやすい。
もともと「ギフトなら絶対にこのブランド」と強く決めているわけではない人が、一度あるブランドの商品を贈ったとする。
贈った相手からの反応が良かった。品質にも安心感があった。価格帯もちょうどよかった。注文もしやすかった。
そうした体験があれば、次にビジネス上のお礼や贈答の機会が訪れたとき、「次からはここにしよう」という選択肢が自然に生まれる。
取るべきなのは商品のリピートだけではなく、「誰かに何かを贈る」という購買機会に対する第一想起でもある。
市場全体の贈答機会が仮に減ったとしても、その中で自社が選ばれる確率を上げることができれば、個社の売上やシェアは伸ばせる。
市場全体がどう動くかと、その市場の中で自社がどれだけ選ばれるかは、やはり別の問題なのである。
それでも、その市場に投資する価値はあるのか
ここまでなら、「縮小市場でもシェアを取ればいい」という結論になってしまう。
もちろん、そんなに単純ではない。
成長できることと、その市場で成長する価値があることもまた別だからだ。
例えば、シェアを1%から2%へ伸ばせるとしても、そのために莫大な広告費や営業費、設備投資が必要なのであれば、別の市場へ同じ資本を投じた方が高いリターンを得られるかもしれない。
逆に、市場自体は毎年少しずつ縮小していたとしても、すでに持っているブランド、商品、顧客基盤、店舗、物流、データなどを活用し、小さな追加投資だけでシェアを大きく伸ばせるのであれば、投資効率は高いかもしれない。
さらに考えなければならないのが中長期の話だ。
短期的には高いROIが出ても、5年後には市場そのものがほぼ消滅するのであれば、そこに人材を集め、組織を作り、設備やシステムへ大きな投資をすることには慎重になる必要がある。
反対に、毎年少しずつ縮小していたとしても、10年後、20年後にも巨大な需要が残る市場なら話は違う。
縮小市場では「再定義」が重要になる
そして、縮小市場への投資を考えていて、もう一つ重要なのではないかと思うのが「再定義」である。
そもそも、何を市場として定義しているのか。
何を商品カテゴリーとして定義しているのか。
何を文化や商習慣として捉えているのか。
ここを一度疑ってみる必要がある。
例えば「お中元・お歳暮市場」というカテゴリーだけを見るのと、「人間関係を維持するためのフォーマルギフト需要」として見るのでは、対象としている需要が違う。
国内の日本酒市場だけを見るのか、世界に存在する日本酒需要まで自社の市場として捉えるのかでも違う。
カメラを「日常を記録する機器」と定義すれば、スマートフォンに大きく代替されたプロダクトカテゴリーに見える。一方で、「写真を楽しむための趣味や表現の道具」として捉えれば、また別の需要が見えてくる。
再定義する対象は、市場だけではない。
再定義する対象は、市場だけではない
- 文化を再定義する
- 商習慣を再定義する
- 顧客を再定義する
- プロダクトカテゴリーを再定義する
- 地理的な市場を再定義する
縮小しているように見えるものを分解していくと、需要そのものがなくなっているのではなく、需要の表れ方や、それを満たす方法が変わっているだけというケースが多い。
もちろん、これは言葉を都合よく置き換えて、縮小市場を成長市場に見せようという話ではない。
「カメラ市場」を「思い出市場」と言い換えれば巨大市場になった、などという話をしても意味はない。
再定義した先に実際の顧客がいて、自社がその需要を満たすことができ、経済合理性があり、持続的にシェアを取れることが必要だ。
再定義の非常にわかりやすいIT系の例はスマートウォッチやスマートグラス、なんならスマホもそうだろう。
ただ、既存の市場カテゴリーを所与のものとして受け入れることと、その市場で戦うことは別である。
縮小市場だからこそ、自社がどんなアセットを持ってして、何の潜在的な需要を取りにいく会社なのかを改めて考える意味があるのだと思う。
成長市場だから安心、でもない
私自身は長くITの世界で仕事をしている。
ITは、基本的に新しいものが出続ける産業だ。
新しい技術が登場し、新しい市場が生まれ、急速に成長する。
一方で、多くの技術は短期間で民主化される。
差別化できていた機能が当たり前になり、価格競争が始まり、また次の技術が登場する。
成長と縮小のサイクルが非常に速い。
そういう業界に長くいるからかもしれないが、「市場が成長している」という言葉には、私は全く安心感を持たない。むしろ危機感しか感じない。
市場が年率20%で伸びていたとしても、競合がそれ以上の速度で増え、技術的な優位性が短期間でなくなるのであれば、長期的に良い市場とは限らない。
逆に、市場が毎年少しずつ縮小していても、需要が長期間残り、自社が強いブランドや顧客基盤を持ち、安定的にシェアを伸ばせるのであれば、事業としては十分魅力的かもしれない。
両方の具体例をIT業界から挙げ始めると枚挙にいとまがなく、本題から大きく脱線するので今回は割愛する。
市場の成長率と、そこで長く利益を上げられるかどうかも、また別の問題なのである。
「日本市場が縮むから海外へ」も、大体失敗する
この話は、越境ECにもつながる。
日本では少なくとも私が学生だった頃から、ずっと同じ話を聞いてきた。
日本は少子高齢化する。人口が減る。国内市場は縮小する。だから日本企業は海外に出なければならない。
教育でもビジネスでも、30年近く語られてきた話だと思う。
方向性として間違っているとは思わない。
実際、海外に成長余地を求めるべき企業はたくさんある。
ただし、「日本市場が縮小するから」という理由だけで海外投資の合理性が決まるわけでもない。
例えば、国内では一度獲得した顧客が繰り返し購入してくれる商品でも、海外では送料、配送日数、関税などが壁となり、初回は購入しても二度目につながりにくいかもしれない。
リピートを前提とした商売であれば、海外市場の人口が大きく、市場成長率が高くても、LTVまで見れば国内顧客の方が魅力的ということは十分にあり得る。
一方で、国内市場が縮小していても、自社シェアがまだ小さく、既存のブランド、顧客、物流、販売チャネルを活用して低い追加コストで成長できるなら、国内への追加投資の方が合理的かもしれない。
逆に、海外ですでに自然需要が発生していて、自社ブランドへの文化的な親和性があり、顧客獲得やリピートの経済性も成立するのであれば、国内にまだ成長余地が残っていたとしても海外へ投資する意味はある。
つまり本来比較すべきなのは、「国内が縮むか、海外が伸びるか」ではない。
国内と海外、それぞれで自社がどのような経済性を作れるのかである。
そしてこれは、先ほどの「再定義」の話でもある。
「日本国内」を自社の市場と定義する必然性はない。
一方で、「世界中」を最初から自社の市場と定義すればよいわけでもない。
自社が価値を提供できる顧客はどこにいるのか。その市場を取りにいくために、どこから始めるのが最も合理的なのかを考える必要がある。
海外展開は「どこへ行くか」だけでなく「どの順番で行くか」
さらに、海外市場も一括りにはできない。
特に、日本の文化、歴史、ものづくりの背景などが外国人の購買意欲に少なからず影響するブランドでは、世界最大の市場から順番に進出することが必ずしも最善とは限らない。
- 日本文化への理解が比較的高い地域。
- すでにインバウンドなどを通じてブランドとの接点がある地域。
- 自然検索やSNSを通じて需要が生まれている地域。
- 物流や決済の条件が比較的良い地域。
そうした市場の方が、最初の顧客を獲得しやすいこともある。
そこで顧客を獲得し、レビューや口コミを増やし、海外でのブランド認知や販売実績を作る。
すると、次の市場へ進出したときに完全なゼロから始めなくて済む。
つまり、ある市場へ進出する価値は、その市場単体から得られる売上だけではない。
その市場を取ることで、次の市場を取りやすくなる価値もある。
海外展開を「国内市場が縮むから外へ出る」という防衛的なものとして捉えるのではなく、最終的に取りたい市場シェアから逆算して、どの市場を橋頭堡にするかを設計する。
そう考えると、人口やGDP、市場成長率の大きい順に国を並べるだけでは、海外戦略にはならない。
おわりに|「縮小市場」は、経営判断の答えではない
もちろん、市場が縮小しているという情報は重要だ。
人口が減る。顧客が減る。ある商品カテゴリーが使われなくなる。
そうした大きな変化を無視して事業を考えることはできない。
ただ、「縮小市場」という言葉は、経営判断の答えではない。
- 市場全体が縮んでいたとしても、自社のシェアにはどれだけ余地があるのか。
- 単価や購買頻度を変えられるのか。
- 残る需要の中で第一想起を取れるのか。
- そのための投資はいくらで、何年で回収できるのか。
- その市場は5年後、10年後にも十分な需要を残しているのか。
- そして、その投資を別の市場へ向けるより合理的なのか。
そこまで考える必要がある。
さらに、その前提となっている「市場」そのものも疑った方がいい。
- 縮小しているのは、顧客の需要そのものなのか。
- 特定の商品カテゴリーなのか。
- 昔ながらの商習慣なのか。
- ある国の中だけで切り取った市場なのか。
- あるいは、文化や需要の表れ方が変わっているだけなのか。
市場、文化、商習慣、顧客、プロダクトカテゴリーを再定義すると、同じ「縮小市場」でも全く違った景色が見えることがある。
だからといって、何でも言葉を置き換えれば成長市場になるわけではない。
再定義した先に実際の需要があり、自社がそこへ価値を提供でき、経済合理性があり、持続的に利益を生み出せることが必要だ。
「縮小市場」という言葉は、投資しない理由にはならない。もちろん、投資する理由にもならない。
結局見るべきなのは、「どの市場が伸びるか」だけではなく、自社がどの市場を自らの市場として定義し、そこでどのように持続的に勝つのかなのだと思う。
市場の成長率を調べることは、思考の終わりではない。
むしろ、その数字を見たところからが、経営や事業を考えるスタートなのではないだろうか。
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