Price Discriminationについて久しぶりに考えてみた – 株式会社飛躍 | Premier Partners

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COLUMN

Price Discriminationについて久しぶりに考えてみた

先日、アメリカの大学経営に関するニュースを調べていて、少し気になる数字を見つけた。

とあるアメリカの大学の2026-27年度の学費は年間69,180ドル。寮費や食費などを含めたCost of Attendanceは95,676ドルで、健康保険まで含めれば98,544ドルになる。ほぼ年間10万ドルである。

ところが、Wall Street Journalによれば、その大学でこの定価を払っているundergraduateは21%しかいないという。

「年間10万ドルの大学なのに、実際に10万ドルを払っている学生は2割しかいない。この“価格”はいったい何なのか?」

記事の主題は、どちらかと言えば表示価格と実態価格が乖離していて、大学側がブランド価値を上手く毀損させずに実質的には値引きのようなことを行っている、程度の話だった。

ただ、子育てをする上で教育をどうするかというのは親にとって切実な問題だ。

私のまわりにはMBAを始め高学歴のパパママがたくさんいる。彼ら彼女らからアメリカの学費がハンパないという話も良く聞く。

そんな折に飛び込んできたニュースだったので、少し深堀りしたくなった。

アメリカの大学では、学生によって実売価格が違う

米国大学のFinancial Aid、つまりは返さなくて良い奨学金にはいくつか種類がある。

まずNeed-based aid。家庭の所得や資産などから支払能力を判断し、必要性に応じて大学が出す。一般的には、FAFSAやCSS Profileと言われるいわゆる家庭の資産状況や年収などを書く書類があり、それらを出願の時に提出するのが普通で、それを大学側はみてFinancial Needを判定し、大学自身から返済不要のGrantを支給している。

もう一つがMerit Scholarshipである。

こちらは家庭の所得とは関係なく、Academic Achievementやその他の実績などを評価して大学が出す。典型的なアメリカの私大では、出願者がMerit Scholarshipの対象として審査され、対象者にはAdmissionのタイミングで通知される。International Studentも対象になる。

要はその生徒が入学することで、大学に学費収入以上のメリットがあるから学費を安く、またはただにしますよ、という話だ。

大学にとって魅力的な生徒、という話は日本の部活の特待生だとわかりやすい。

スポーツの有力選手なら、その選手が活躍することで大学の知名度が上がる。だから授業料を免除してでも来てほしい、というのは理解しやすいが、Academicだとそれは一体なんだ?となった。

どうやら、優秀な学生には他の大学からも合格通知が来る。そこでScholarshipを提示することで自校への入学確率を上げる。優秀な学生が増えれば入学者のAcademic Profileが上がり、クラスの質にも影響する。

日本なら、例えば青山学院大学と明治大学から合格が届いたが、青山学院大学は自分のことを非常に高く評価してくれて、学費が20%OFFになると言われると、コストメリットだけでなく、青学から自分は高く評価されて嬉しい!という感情から青学を選びそうになる気持ちは理解できる。非常に見せ方が上手い仕組みだ。

私がアメリカにいた当時、MBAの入学の承諾率(Yield Rateという)は実は結構気にしていて、面接などでも戦略的にそこをつつきにいった覚えがある。懐かしい。

参考までに、この数字についてちょっと調べたら以下のような目安が出てきた。

レイヤー(難易度) 平均入学承諾率(Yield Rate)の目安 特徴と代表例
トップレイヤー(超難関校) 60%〜85%以上 「合格したら絶対にそこに行く」第一志望校。ハーバード大学:約85%/MIT:約78%〜86%/スタンフォード大学:約80%/イェール大学:約70%
ミドルレイヤー(名門・トップ20〜50校) 35%〜55%前後 滑り止め、またはトップ校の結果次第で選ばれる層。タフツ大学、ヴァンダービルト大学、ボストン大学など。他校に生徒を奪われやすいため、大学側は「本当にうちに来てくれるか(Early Decisionなど)」を非常に気にする
ベースレイヤー(一般・州立大学など) 15%〜25%前後 併願数が多く、辞退されやすい層。全米の公立大学平均:約25%/アリゾナ州立大学:約22.7%。生徒は複数の合格通知をキープし、学費(奨学金)の条件が良い方へ流れる傾向がある

世知辛い数字だ。。。

つまりMerit Scholarshipには「優秀なので表彰する」だけではなく、「この学生には自分たちの大学に来てほしい」という大学側の経営的な意図が多分に含まれるものだ。

こういった奨学金の拠出が、大学自身が出すGrantやScholarshipだけでもかなり大きな規模になっているらしく、大学公式サイトでも、学生の81%以上が何らかのAidを受けていると説明しているところもある。もちろん、このAidには大学自身による値引きに相当するものだけでなく、その他の支援も含まれるため、単純に「8割が大学から値引きを受けている」とは言えない。

それでも、同じ大学に通い、同じ授業を受ける学生同士で、実際の支払額が大きく違うこと自体は間違いない。

冷静に考えると、とんでもないPrice Discriminationである

ここまで調べていて、久しぶりにPrice Discriminationという言葉を思い出した。

日本語では価格差別と訳される。

航空券、ホテル、学割、早割など、身の回りにはいくらでも存在する。

同じ商品・サービスでも、顧客の支払意思額や購入条件などに応じて異なる価格を設定し、それによって収益を最大化する考え方である。

ただ、大学の仕組みを改めてこの視点から眺めるとかなり大胆である。

  • ある学生には年間69,000ドルを請求する。
  • 別の学生にはScholarshipを出して49,000ドルにする。
  • さらにFinancial Needの大きな学生なら、もっと低くなることもある。

これだけ大きな価格差をつけながら、大学のブランドがそれによって大きく毀損しているわけでもない。

「こんな仕組みがまかり通っているのは、冷静に考えるとすごいことだな」

と思った。

なぜ大学の価格差は「不公平」に見えにくいのか

一つの理由は、価格差に対して社会的に理解しやすい理由があるからだと思う。

要は学ぶ権利というか、学業に関する機会は均等であるべきだ、的なのは日本に限った話ではないし、どこの国に行っても美しい思想に聞こえる。

そのため、Merit Scholarshipなら、「この学生は優秀だから」。

Need-based aidなら、「この家庭には経済的な支援が必要だから」。

という理由があり、学校側はそれらを支援する社会性の上で成り立っている商売でもある。

この前提は非常に重要である。

本来、同じ10万ドルの商品を、Aさんには10万ドル、Bさんには7万ドルで売っているだけなら、Aさんから見れば面白くない。

ところがBさんが、「3万ドルのMerit Scholarshipを獲得した」となると意味が変わる。

10万ドルの商品価値が7万ドルに下がったのではない。

10万ドルという価値はそのままで、「Bさんが評価されたので3万ドルのScholarshipを与えられた」と認識される。

むしろ受け取った本人にとっては名誉にすらなる。

Need-based aidも同様である。

商品が安売りされたのではなく、支払能力に応じて大学が支援した、と理解される。

つまり、価格差に正当な理由があると社会的に認識されている。

これが、大胆なPrice Discriminationが成立する一つの条件だろうと思った。

そもそも今は「納得感」が非常に重要な時代になった

ここで大学から少し離れて、もっと身近な仕事の話について考えた。

現在の日本では円安然り、インフレ然り、何かにつけて物やサービスがどんどん値上がりしている。

私は現在45歳だが、消費者として長く経験してきた日本経済は基本的にデフレだった。

価格は上がるより下がるものだった。

企業努力によってコストを削減し、より安く提供することが善とされていた。「値上げ」はどちらかといえば企業側の事情であり、消費者にとって歓迎するものではなかった。

ところが、ここ10年程度でその前提がかなり変わった。

為替、原材料、人件費、物流費など、さまざまなものが上昇し、特に輸入品を中心に価格は急速に上がった。

企業側からすれば、価格を上げなければ品質を維持できない、従業員の賃金を上げられない、場合によっては事業そのものが持続できない。

それは我が身に染みて理解できる。

一方で、私を含め、消費者の中には長いデフレ時代に形成された、「値段を上げないのが企業努力」という感覚も残っている。

「デフレとインフレのそれぞれの価値観が入り混じって、正解を見出しにくい。さらに価値観自体も多様化してしまっているので、判断が難しい」

今の価格設計の難しさは、ここにあるように思う。

だからこそ、納得感が非常に重要な時代になった。

単純に高いか安いかではない。

  • なぜ価格が上がったのか。
  • なぜ自分と別の人で価格が違うのか。
  • その差に、自分が納得できる理由があるのか。

PricingとCommunicationを以前ほど簡単には切り離せなくなっている。

大学のScholarshipが面白く見えたのも、巨大な価格差を作りながら、その価格差を社会的に納得できる制度へ変換しているからだった。

では、この考え方はECでも使えるのだろうかというのを無理やり考えた。

ECで「納得できる価格差」をどう作るか?

例えば、

  • 長期会員だから優待する。
  • 地域住民だから優待する。
  • VIPだから優待する。

こうした価格差にはそれなりの納得感がある。

一律セールよりもブランドを毀損しにくいかもしれない。

ただ、現実の世界では、「その人たちは、ほっといても10万円払えたのに、あえて9万円にする意味がないのではないか?」という話に100回中100回なる(言いすぎた)。

例えば10年間買い続けているロイヤルカスタマーに10%OFFを提供する。

顧客からすれば嬉しいし、他の顧客から見ても不公平だとは思わないだろう。

でも、その人が10%OFFをしなくても普通に買っていたのであれば、企業は単純に本来取れていた利益を放棄しただけである。

むしろロイヤルカスタマーほど、そのブランドに対するWillingness to Payは高い可能性すらある。

なので、離脱しそうなユーザーにだけクーポン出そう、というツールが生まれるわけだ。典型的なPrice Discrimination施策である。

ここからPrice Discriminationそのものへの見方を少し変えた。

大学や航空会社、ホテル、SaaS企業などがPrice Discriminationを高度に活用しているのを見ると、何か非常にクリエイティブなPricing Techniqueを発明したように見える。

しかし、改めて考えてみると、そういった経営課題に素直に対応してきただけな気がすると感じ始めたのである。

  • 航空券なら、飛行機が出発した瞬間に空席の価値はゼロになる。
  • ホテルなら、今日売れなかった部屋を明日二泊分売ることはできない。
  • 大学には定員があり、学生ごとの支払能力にも大きな差があり、さらにどんな学生を集めるかという経営課題もある。

だからPrice Discriminationをする。

Price Discriminationという手法が面白いから、適用先を探したわけではない。

解決すべき経営課題に対応した結果として、Price Discriminationが発達した。

当たり前の話だが順番はこちらだ。

PremiumやLuxuryでは、そもそも同じ課題があるのか

一般的な製品なら、売れなければそれほど難しいことを考えずにセールをすればいい。

価格を下げることで需要が増え、それでも利益が残るなら経済合理性がある。

ところがPremiumやLuxuryでは事情が変わる。

定価そのものがブランド価値の一部になっている。

頻繁に値引きすれば、「待てば安くなる」と顧客に学習される。

10万円という定価を掲げていても、毎回8万円で売っていれば、顧客にとってその商品の価格は8万円である。

基準価格を壊すデメリットが一般商品より大きく、定価で十分売れているのであれば、そもそも価格を下げて追加需要を取りにいく必要性自体が薄い。

もちろんPremiumやLuxuryにもPrice Discriminationが有効な場面はあるだろう。

ただ、「大学でこれだけ大胆にできるのだから、ECでも面白いPrice Discriminationを考えられるのではないか」という入り口で考えるのは、この時点での私の脳みそとLLMの能力ではおそらく無理だと悟った。

そのため、もう一度大学の話に戻った。

Harvardはどのように奨学金を設計しているのか

一般的な私大のMerit Scholarshipは、「この学生にはぜひ来てほしい」という大学側の意思が比較的わかりやすかった。

では、圧倒的に人気のある大学ではどうなのだろうか。

典型例としてHarvardを調べてみた。

HarvardのYield Rateは非常に高い。2024年のClass of 2028では、合格者の84%が実際にHarvardへの入学を選んでいる。つまり、「Scholarshipを出さないと他大学に学生を取られてしまう」という大学ではない。

そしてHarvardは、Merit Scholarshipを基本的に出していないようだ。

成績が良いから、スポーツができるから、特別な才能があるから、といった理由でHarvard自身が奨学金を上乗せすることはない。Harvardが提供するFinancial Aidは、原則としてすべて家庭のFinancial Needに基づいて決まる。

しかしながら、Need-based Aidはかなり大胆に出している。

Harvardによれば、Undergraduateの55%がNeed-based Harvard Scholarshipを受けており、およそ4人に1人の家庭はHarvardに通うための費用を一切負担していない。2025-26年度からは、典型的な資産状況で世帯年収10万ドル以下なら原則として家庭負担はゼロ、20万ドル以下なら少なくともTuitionは全額カバーされる。20万ドルを超える家庭でも、事情によってはAidの対象になる。

Harvardであれば、年間9万ドル近い費用を払える家庭の中だけから学生を選んだとしても、おそらく定員を埋めることには全くもって困らない。

それでもそうしない。

HarvardはNeed-blind Admissionを掲げており、Financial Needが合否に影響しない。そして合格した学生については、家庭の所得、資産、家族構成などから支払能力を判断し、Financial Needを100%満たすとしている。

要するに、「誰をHarvardに入れるか」と、「その学生からいくら取るか」を切り離している。

Harvardでは、そもそも価格を理由に入学者を選ばないというルールを成立させるために、学生ごとに価格を変えている。

少なくとも短期的な売上最大化だけを考えるなら、むしろ逆方向の判断である。

Price Discriminationは売上最大化だけのためではない

一般的にPrice Discriminationを調べると、顧客ごとのWillingness to Payを取り込み、収益を最大化する仕組みとして説明されることが多い。

しかしHarvardを見ていると、Price Discriminationという仕組みそのものには、もう少し幅があるように思えた。

Harvardの場合、価格を変えることで短期売上を最大化しているのではなく、「家庭の経済力によって入学機会を変えない」というInstitutionとしてのルールを実現している。

もちろん、それによって学生構成が変わる、大学としての社会的な正当性が高まる、「金持ちしか入れない大学ではない」というブランドを守れる、といった副次的なメリットもあるだろう。

ただ、ここで重要なのは、Price Discriminationの目的は必ずしも「その顧客からいくら取れるか」だけではないということで、価格を変えることで、経営上の目的を実現するために活用することもできる。

価格を変えることで実現できる経営上の目的

  • 誰を獲得するのか。
  • どんな顧客構成を作るのか。
  • どんな原則を守るのか。
  • どんなブランドでありたいのか。

おわりに|ECの文脈で価格を変えてまで実現したいものは何なのか

Harvardの例を横展開して考えるなら、価格差別は単に「支払能力の異なる顧客から需要を取り切る」ためだけの手法ではない。どのような顧客と付き合うのかを選び、その顧客構成自体が企業のブランドを強化する、あるいはブランドの本質そのものを形づくるケースでも活用できる。

ECの例ではないが、Microsoft OfficeやAdobe製品の学割は分かりやすい。学生の購買力に合わせて価格を下げ、需要を取り込むという経済合理性だけでなく、若いうちから自社製品に触れてもらうことで顧客基盤を若返らせ、卒業後も継続して利用してもらう可能性を高めるという意味がある。

さらにAdobeのように、クリエイティブや教育との結びつきがブランドにとって重要な企業では、学生が利用しやすい環境をつくること自体にも意味がある。一定の条件を満たす人に広く同じ機会を提供するという公平性が、単なる値引きではなく、その企業がどのような顧客を大切にし、どのような世界をつくりたいのかを示すブランド上のメッセージにもなる。

日本でも昨今類似の試みはあるが、アメリカと比べるとあまりPrice Discriminationの考え方が新しいものであるように感じる。なのであまり例として挙げられるような真新しい取り組みは見つけにくかった。

そもそも文化社会的な背景から、日本では同じ商品なら基本的には同じ価格で売ることを公平と感じる傾向が比較的強く、企業側も顧客の属性によって価格を変えることには慎重なように思う。学割やシニア割のように理由が社会的に共有されているものは別として、「この顧客にはブランドとの接点を持ってほしいから安くする」といった価格設計は、まだそれほど一般的ではない。

ただ、これは日本では受け入れられない考え方というより、単に慣れていないだけなのかもしれない、とも思う。県民割のような仕組みも、広がり始めた当初は地域によって価格が変わることに多少の違和感があったが、各地で当たり前に見かけるようになると、それほど特別には感じなくなった。一定の合理性があり、その考え方自体が社会に浸透すれば、「誰に対して、なぜ価格を変えるのか」という設計も、今より自然に受け入れられる余地はありそうだ。

だからこそ、ECにおいて「価格を変えてまで実現したいことは何か」は、今後企業がより本格的に向き合うべきテーマになっていくと思う。

今回の考察では、Premium・LuxuryカテゴリにおけるPrice Discriminationについても検討した。ただ、ここまで含めるとさすがに長くなりすぎるため、記事を分けることにした。

次回は「値上げと希少性の功罪」というタイトルで、価格差別の議論から派生して考えた、Premium・Luxuryブランドにおける価格と希少性の扱い方について触れたい。あくまで私個人の考えではあるが、このカテゴリだからこそ、やるべきこと、逆に慎重になるべきことを整理してみたいと思う。

関連コラム:ロイヤル顧客とは何者か?|コンテンツとチャネルを考える前に、定義しておくべきこと(本記事で触れた「ロイヤルカスタマーほどWillingness to Payが高い」という前提を、ロイヤル顧客の定義から掘り下げています)

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