前回、Price Discriminationについて久しぶりに考えた。
同じ商品でも顧客ごとの支払意欲に応じて価格を変え、取れる人からは高く取り、価格を下げれば買ってくれる人には安く売る。価格と数量の掛け算を大きくするための価格戦略の1つである。
ところがPremiumやLuxuryでは、この「価格を下げて新たな客層を取り込む」という方向がかなり難しい。
普通にやるのはほぼ論外、アウトレットも慎重になる。
セカンドラインを作って取り込むのは常套手段だが、ある程度の規模と体力が必要になる。
では反対に、価格を上げる方向はどうなのだろう。
最近、Luxuryの商品をあまり買わなくなった
私は以前と比べて、Luxuryブランドの商品をあまり買わなくなった。
嫌味に受け取らないでほしいが、すでに時計やバッグなど色々持っているというのもある。
ただ、自分用だけではない。
以前であればプレゼントを選ぶ際にもLuxuryブランドはかなり有力な選択肢だったが、最近はそこまで積極的に選ばなくなった。
別に買えなくなったわけではないが、価格と実態が合っていないと感じる場面が以前と比べて圧倒的に増えたことが大きい。
「高くて買えない」のではなく、「買えるけれど、その値段で買うのはバカバカしい」なのである。
同じことを、値上げ以外の様々な仕組みにも感じる。
代表例が品薄商法系だ。
- 抽選販売の商品。
- 新商品を買うための行列。
- 何度も店舗へ通わなければ在庫すら教えてくれないブランド。
そして麻布・六本木界隈には、なかなか予約が取れない飲食店もたくさんある。
昔なら、「そんなに人気なら一度行ってみたい」と思った。
ところが最近は、予約を取るのがあまりに大変だったり、そこまでして利用した実体験が期待を超えなかったりすると、支払う経済的・時間的対価への満足度が大きく下がる。
これは希少価値そのものやマーケティング手法自体に関する問題提起というよりは、その程度問題からくる体験ハードルと実体験のミスマッチが問題だと言っているのである。
- 高い。
- 買えない。
- 予約できない。
- 並ばないと手に入らない。
これらは本来、PremiumやLuxuryの商品・サービスの購買欲求を高める要素でもある。
- 簡単には手に入らないから欲しい。
- 多くの人が欲しがっているから価値があるように感じる。
- 価格が高いこと自体が商品の格を作る。
- そして、他の人は中々買えないものを持っているという優越感。
Luxuryは長い間、こうしたPrice PremiumとAccess Premiumを非常に上手く使ってきた。
そして今ではLuxuryに限らず、飲食、スニーカー、限定商品など、DtoCブランド文脈でもあらゆるところで似た手法を見るようになった。
世の中がLuxuryの手法のコピーだらけになったがために、ネガティブな側面についても露呈する機会が増えたと感じるようになったということである。
買いにくくすればするほど、顧客の期待値も上がる。
価格を上げれば上げるほど、顧客が求める価値も高くなる。
半年待った店なら「半年待つ価値のある体験」を期待するし、100万円になった商品なら100万円なりの理由を求める。
そこが追いつかなくなった瞬間、「高いから欲しい」「買えないから欲しい」が、「高いし面倒だし、そこまでのものではない」に反転する。この微妙なラインのコントロールはマーケティング領域やセンスの問題だけでは実際には片付けられない。
Luxuryは以前ほど評価されていないのか
消費者としての好き嫌いと、ビジネスとしての評価は別である。
そこでLuxury企業の状況を見てみると、少なくとも数年前ほど一様に勢いがあるようには見えない。
もちろん株価は相対評価なので、「株価が下がった=ブランド価値が絶対的に下がった」と論じるつもりはない。
実際、Luxuryの中でも企業による差は大きい。
Hermèsのように依然として強いブランドもあれば、Gucciを抱えるKeringのように苦戦している企業もある。2025年にはLVMHやKeringの販売低迷と投資家の慎重姿勢が報じられる一方、HermèsやRichemontは相対的に強さを維持していた。
そして2026年のマッキンゼーの調査では、市場が成長鈍化局面から抜けつつあるとしながらも、消費者がLuxuryに求めるものは変わり、単純なステータスや希少性よりもEmotional Connectionや体験を重視する方向へ動いていると報告している。特に「入手困難だから定価で買う」と答える消費者は少数で、単なる希少性訴求には懐疑的になっているという。
Luxuryは単に「高いものを所有する」ためだけのものではなく、自分がどういう人間でありたいか、どういう人間ではありたくないか、そしてどのような価値観を持つ人たちの側にいたいか、というIdentityとも強く結びついている。
分かりやすいロゴを好む人もいれば、逆にロゴを出したくない人もいる。
誰にでも分かる高級品を持ちたいのか、分かる人だけに分かればいいのかでも選ぶブランドは変わる。
また、そのブランドを好む人たちの美意識や考え方に共感し、「自分もこの界隈の側にいたい」と感じることもある。
そう考えると、値上げと希少性の過熱にはもう一つ厄介な問題がある。
リセールや投資、転売を目的とした顧客が大量に入ってくると、商品自体は何も変わっていなくても、「誰が、どんな理由でそのブランドについて話しているのか」が変わる。
つまり、そのブランドにまつわる社会的な意味や、そこに集まる人たちの空気まで変わってしまう。
長年そのブランドを支持してきた人からすれば、「自分はこの人たちと同じだと思われたくない」「自分が共感していた界隈ではなくなってきた」という感覚も出てくる。
積極的な値上げに対してLuxury顧客が「裏切られた」と感じているという調査結果も、単純に価格が高くなったことだけではなく、ブランドがそれまで共有してきた価値観や顧客との関係より、取れる価格や過熱した需要を優先したように見えたことまで含んでいるのかもしれない。
そもそも、Luxury企業はなぜこれほど長い間ビジネスとして高く評価されてきたのだろう。
Luxuryで本当に評価されていたのは、財務モデルだったのではないか
もちろんブランドが素晴らしいからではあろう。
ただ、投資という観点で見ると、それだけではない。
Luxuryビジネスは、品質と価格に相関関係がそもそも無い。
それは特に低インフレの世界では極めて美しい。
ブランド投資を強化することで、少しずつ価格を上げられる。
一方で、生産量が増えれば規模の経済が働き、原価は下がっていく。
原材料や製造原価が販売価格と同じ速度で上昇しなければ、
- 価格 ↑
- 数量 ↑
- コスト →
という状態を作ることができる。
すると売上が増えるだけではない。
販売価格と原価のSpreadが広がり、固定費率も下がるので、利益が売上以上の速度で伸びていくというピッチをぶっ放せる。
Luxury企業に高いValuationが付いてきた背景には、この財務モデルの再現性もかなり大きかったのではないかと思う。
実際、マッキンゼーによれば、2019年から2023年のLuxury市場の成長の80%以上はVolumeではなくPrice Increaseによるものだった。ブランドによっては代表商品の価格を4年間で50〜100%引き上げたケースもあったという。
このモデルはインフレになると少し様子が変わる。
インフレになると、Luxuryの強さが逆に試される
今は、
- 価格 ↑↑↑
- コスト ↑↑↑
である。
- 原材料が上がる。
- 人件費が上がる。
- 物流費が上がる。
- 店舗賃料も上がる。
Luxuryなら職人の確保や希少な素材の調達にも当然コストが掛かる。
以前と同じMarginを維持するだけでも、Cost Increase以上に価格を上げる必要がある。
さらに成長し続けようとすれば、値上げしながら、Volumeまで伸ばしていかなければならない。
これは結構大変である。
「値上げできるブランド」と、「値上げし続けても買われ続けるブランド」は全く同じではない。
McKinseyも2025年のLuxuryレポートで、2019〜2023年に成長を牽引したPrice Increaseが限界に近づき、価格上昇が一部顧客の需要を圧迫していると指摘している。また、急速な値上げにProduct InnovationやQualityの向上が追いつかなかったことが、LuxuryのValue Propositionへの疑問につながったとしている。
低インフレ時代に圧倒的な武器だったブランド力を軸とした価格決定力が、インフレになると同じ意味を持たなくなる、というのはありそうだ。
Luxuryに期待される利益を生み出そうとしても、インフレのスピードに、消費者の経済力の成長スピードがついてこなくなった。
PremiumやLuxuryというビジネスモデルは、インフレ時代にはオワコンなのだろうか?
当然、そんな単純な話ではない。
Luxuryが提供する物理的、感情的な価値は普遍的なものであり、それ自体がなくなるわけではない。
しかしながら、そのビジネスモデルや収益力については、市場環境的に難易度が上がっていることは間違いないだろう。
そこで一度、Luxuryから離れてみることにした。
そもそもインフレに強いビジネスとは何なのか
インフレに強いビジネスを考えると、いくつか共通点がある。
一つは、売上が名目金額に連動するビジネスである。
例えば決済。
100円の商品が120円になれば、取扱高に対して一定率の収益を得るので、自分自身が値上げをしなくても売上が増える。
VisaやStripeのようなPayment Businessは分かりやすい。
ほかにも、変動原価が低いデジタル商材や、時価でやり取りが行われる系のビジネス、希少な資源そのものを保有しているビジネスなどは、インフレへの対応力が比較的高い。
これらに共通するのは、原価の上昇を自社の顧客にいちいち説明して、値上げをお願いする必要がないことである。
逆に、物を仕入れ、製造し、従業員を雇い、店舗を構え、原価が上がるたびに販売価格を変更しなければならないビジネスは大変だ。
しかも値上げの理由というのは、簡単に消費者から受け入れられない。
「原価が上がったので値上げします」を、消費者は本当に信じるのか
最近は多くの企業が値上げをしている。
- 原材料価格が上がった。
- 人件費が上がった。
- 物流費が上がった。
- 為替の影響がある。
企業だけではない。
業界団体も「価格転嫁が必要だ」と言う。
政府まで価格転嫁の重要性を説明している。
もちろん、多くの場合それは事実なのだと思う。
ただ、一般消費者は本当にそれを額面通り信じるのだろうか?というのが論点だ。
企業自身が、「原価が30%上がったため値上げします」と言えば、「本当に30%なの?」「そのついでに利益も増やしてない?」と思う人はいる。
業界団体が同じことを言えば、「業界全体で値上げを正当化しているだけでは?」と感じる人もいる。
極端な人なら、国まで同じことを言い始めれば、「国ぐるみじゃないか」くらい思うかもしれない。
自分を逆の立場に置くとよく分かる。
例えば明日、ChatGPTが大幅に値上げされ、「AIを動かすためのデータセンターや電気代が大幅に上昇したためです」と説明されたとする。
おそらく事実としてそういう側面はあるのだろう。
それでも私は、「はいはい、でたでた。」と思うだろう。
利用者も増えている。
AIへの依存度も高くなっている。
解約しにくい人も増えている。
ならば単純に、「今ならこの価格でも払うと判断したのでは?」というSaaSのお家芸だね、とも考える。
値上げする側には値上げする明確な利益がある。
だから、その企業自身がどれだけ一生懸命値上げ理由を説明しても、完全な第三者情報のようには受け取られない。
さらに重要なのは、仮にその説明が100%正しかったとしても、顧客が受け取る価値は何も増えていないことである。
原価が上がったから1,000円の商品が1,200円になった。
企業としては仕方ない。
顧客も理解できる。
でも、昨日まで1,000円で受け取っていたものと同じものを、今日は1,200円で買うだけである。
これは「理解できる理由」ではあっても、基本的には、渋々納得して受け入れる値上げなのだと思う。
消費者が前向きに受け入れるのは「価値も上がった値上げ」しかないのではないか
一方で、価格が上がっても比較的すんなり受け入れられるケースもある。
非常に古い例だが、ファミコンがスーパーファミコンになった。
値段だけを見れば上がる。
しかし性能も上がる。
グラフィックも音も変わる。
できることも増える。
商品自体がプレミアム版になったようなものなので、同じものの値上げの説明では無いかもしれないが、ゲームをプレイするという最終的な行動は変わらない。
ここで言いたいのは、新しい価値に、新しい価格が付いたと理解されるが故に、納得して受け入れやすいということだ。
これは原材料高騰による値上げとは全く違う。
最近、私が利用しているランニングステーションでも値上げがあった。
特に理由は説明されていない。
もし聞けば、賃料、人件費、光熱費などの上昇を説明されるのだと思う。
それ自体はよく分かるが、私を含めて消費者はその説明に疲れている。
値上げ幅は、850円が950円になっただけで、ジムやサウナに比べればまだまだ圧倒的に安い。
ただ、顧客の立場になると、「昨日までと同じサービスなのに高くなった」でしかない。
ではどうだったら印象が違ったのか。
例えば値上げと同時に、
- 混雑を緩和する予約システムを導入した。
- 設備を良くした。
- 以前より魅力的なイベントを企画するようになった。
- 営業時間を拡充した。
そんな顧客自身が体感できる改善とセットで値上げがあれば、「値上げしたけど、以前より良くなった」になる。
場合によっては、「それならもっと取ってもいいのでは」と思うかもしれない。
これはコミュニケーションのテクニックの話ではない。
Priceを上げるならValue Propositionも上げるという、商売としてはかなり当たり前の話である。
しかし今のLuxuryに対する違和感も、突き詰めるとこれなのかもしれない。
100万円だったバッグが130万円になった。
では、この30万円分、何が良くなったのか。
素材なのか。デザインなのか。サービスなのか。ブランドが提供する体験なのか。
そこが顧客から見えなくなっている。
Premium / Luxuryがやるべきことは、値上げの弁明ではない
では、PremiumやLuxury企業は値上げするときに何をすればいいのだろう。
「革の価格が上がりました」「職人の人件費が上がりました」「物流費が上がりました」と一生懸命説明すればいいのか。
当然そんなことはしないし、できない。
Luxuryの商品価値は、そもそも原価の積み上げだけで説明するものではない。
必要なのは、なぜ値上げしたのかを弁明することではなく、この価格でも欲しいと思える価値を作ることであるのは間違いない。
値上げの弁明ではなく、価値を作るためにできること
- 商品そのものを進化させる
- 新しいデザイン、価値観、世界観、用途
- 素材を良くする
- 店舗体験をアップデートする
- アフターケアを充実させる
マッキンゼーの2026年のLuxury調査でも、消費者の購買欲求を動かすものは、従来型のステータスや希少性だけではなく、ブランドとの繋がり、アイデンティティーとの接続、記憶に残る体験へ移っているという。
つまりPremiumやLuxuryこそ、「Price ↑」だけではなく、「Price ↑ Value ↑」を続けなければならない。
問題は、そのValueをどう伝えるかである。
Luxuryには「説明すると安っぽくなる」というジレンマがある
ここでPremiumやLuxury特有の難しさが出てくる。
Premiumはまだいい。しかしながらLuxuryには昔から、「分かる人だけ分かればいい」という美学がある。
なぜこの商品が素晴らしいのか。この職人が何時間掛けたのか。素材がどれほど希少なのか。歴史がどれほど長いのか。
そういうことをブランド自身が必死に説明し始めると、急に野暮になる。
「こんなに手間が掛かっているんです。だから100万円でも高くないですよね?」と言われた瞬間に、こちらは100万円が妥当なのかを原価計算し始めてしまう。
これはLuxuryが提供する体験ではない。
Luxuryには、説明しないことそのものが顧客に想像の余白を与え、Luxuryを成立させるための必須条件の1つであるような側面がある。
一方で、価格は以前より大幅に上がっている。
顧客も情報を簡単に他のLuxury風商品と比較できる。
AIに聞けば競合商品との細かな違いまで瞬時に出てくる。
そんな環境で、「分かる人には分かるので何も説明しません」だけで、認知される価値を正当化し維持できるのだろうか。
価値を伝える必要性は以前より高まっている。
しかし、価値を説明しすぎるとLuxuryではなくなる。
これはかなり苦しいジレンマだ。
これからのQuietは、「説明しない」ではなく「奥行きを設計する」
そこでQuiet Luxuryについても、少し考え方を変えた方がいいのかもしれない。
Quiet Luxuryというと、「分かる人には分かる」という表現がよく使われる。
ただ、現実にはそんな「分かる人」にはそうそう出会わない。
ロゴのないシンプルなバッグやコートを見て、ブランド名はもちろん、その品質や価格まで正確に見抜ける人などほとんど会ったことがない。ファッション業界にいる人ですら、見ただけでは分からないことも普通にある。
実際には、「これThe Rowなんだ」「これジルサンダーなんだ」とブランド名を知ったところで初めて、「ああ、なるほど」となるくらいのことも多い。
Quiet Luxuryの価値は、商品の外見だけから完全に読み取られているわけではない。
ブランドが長年積み上げてきたデザイン、素材、店、価格帯、着ている人、ファッション界隈での評価、過去の商品、思想。
そうした文脈がブランド名に紐づいていて、その名前を知った瞬間に商品へ接続される。
これまでは、それでも成立していた。
しかし価格が上がり続けると、この「ああ、なるほど」だけでは支えきれない地点が出てくる。
見た目から想像する価格と実際の価格があまりに離れれば、「さすがだな」ではなく、「それがその値段なの?」という反応に変わる。
都内の一等地に建つ、誰が見ても圧倒的な戸建が20億円、50億円すると聞いても、「高い」とは思っても「そんなものを買うなんてバカだ」とは思われにくい。
土地、広さ、建築、立地、希少性など、価格を支えているものが外からでもある程度読み取れるからだ。
何より、やはり普通の人は「買えない」。
一方でQuiet Luxuryは、価値の多くが外からは読み取りにくい。
だから価格だけが先に上がりすぎると、高いものを所有していることがPrestigeになるどころか、「そんなものにそんな金額を払う人」という逆方向のIdentityを背負う可能性すらある。
これはLuxuryにとってかなり怖い。
Quiet Luxuryは高い。しかしながら冒頭から話している通り、「買えるけど、その価格だったら買わない」になっている可能性があるというのがこの記事の論点だ。
ここで必要なのが、ブランドの奥行きなのだと思う。
表層では静かでいい。
ロゴを大きく出す必要もない。
価値を声高に主張する必要もない。
しかし、その商品(または、それに紐づく価格)に興味を持った人が少しずつ奥へ進めば、そこまで自然に辿れるようになっている。
ブランドの奥行きとして、辿れるようにしておくもの
- なぜこのデザインなのか。
- なぜこの素材なのか。
- 誰が作っているのか。
- どういう工程なのか。
- どう修理されるのか。
- 過去の商品とどうつながっているのか。
- ブランドは何を大切にしているのか。
つまり、これからのQuiet Luxuryに必要なのは、情報を少なくすることではなく、情報に奥行きを持たせることなのではないか。
最初から全部説明する必要はない。
しかし、価格に疑問を持った人、商品をもっと知りたいと思った人が奥へ進んだときに、「なるほど、だからこのブランドなのか」と自分自身で価値を発見できる。
Quietとは説明を放棄することではない。
価値を押し付けず、それでも価値を発見できるだけの深さをブランド側が用意しておくこと。
価格が上がり続ける時代だからこそ、この「静かさ」と「奥行き」の両立が、以前より重要になっているのだと思う。
ただ、ここでも強調しておきたいのは、その奥行きに行った結果、納得して気分が高揚して購入し、後で後悔しないかというのは別の話ではある。
おわりに|値上げできることと、値上げし続けられることは違う
値上げは悪いことではない。
原材料も人件費も上がっている以上、必要な値上げをしなければ企業は持続できない。
希少性も同じである。
本当に良い商品に需要が集中し、生産できる量に限界があるなら、結果として買いにくくなるのは自然だ。
PremiumやLuxuryにとって、価格決定力と希少価値は今でも強力な競争力である。
ただ、この数年間を見ていると、その力を使うスピードに対して、ProductやExperienceの進化が追いつかなかったケースがあるのではないか。というのが、最近感じている違和感である。
Price PremiumもAccess Premiumも上がる。
それでも最初は売れる。
ブランドや商品カテゴリには、それまで長い時間をかけて積み上げてきた資産があるからだ。
しかし、Priceを上げ続けることはできても、ProductやExperienceのValueを同じ速度で上げ続けることは難しい。
続ければ、どこかで両者の距離は開く。
そのとき、「高いけれど欲しい」は、「買えるけれど欲しくない」に変わる。
希少性についても、「買えないから欲しい」が、「待てるけど待たない」に変わる。
PremiumやLuxuryがインフレ時代にオワコンになるとは思わない。
ただ、「強いブランドなら、値上げしても顧客はついてくる」というゲームは、以前ほど簡単ではなくなった。
ブランドを維持するためには、ブランディングだけではなく、インフレ耐性も同時に実装する必要があるというルールがブックに追加された。
これから問われるPricing Powerは、どこまで価格を上げられるかだけではない。
どこまでなら上げていいのかを見極められるか。
そして価格を上げるのであれば、その分だけ顧客が認識できるValueを更新し、それをブランドらしい形で伝えられるか。
Pricing Powerを持っていることと、それを使い切ることは違う。
値上げできることと、値上げし続けることも、やはり別の話なのだと思う。
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