最近、とある食品企業の中長期EC戦略を検討するプロジェクトで、国内外のECをかなり広くベンチマークする機会があった。
対象企業のECは、売上が落ちていたわけではなく、むしろ順調に成長していた。
ただ、市場そのものが拡大し、競合が増え、顧客層や海外需要も変化している。数年先までを考えると、現在うまくいっている基本施策を積み上げるだけではなく、どの市場で、どの顧客に、どのような価値を提供していくのかを一度整理する必要があった。
その検討の中で、ECについてもかなり根本的なところまで戻ることになった。
依頼内容は端的には、
「自社のECがブランド全体の中で何を担い、どんな方向性で伸ばしていくのか」
というものだった。
今回の記事では、私自身がこの調査の過程で得た気づきなどを共有していきたい。
調査の背景と具体的な目的
依頼内容からお察しいただけるかもしれないが、これは他社サイトのUI/UXを分析したり、Similarwebなどのインテリジェンス系ツールで流入経路やクリエイティブを分析して、「良いところを取り入れましょう」というスポット的な分析の類ではない。
特定企業の持つ資産や制約条件、外的要因などを考えた上で、どのような成長戦略を描くのか。その中でECをどう位置づけ、KGI・KPIや組織体制までどう設計していくのか、という上流の戦略設計に関する話であった。
この調査結果は、その後の商品開発、UI設計、広告の運用方針、CRMの運用方針、新規に企画するキャンペーン、現在不足しているコンテンツの実装など、企業全体の個別戦略に派生していくことになる。
こうした上流の判断は、個別施策の費用対効果だけで決めるものではなく、ある程度の大局観を持って盤面を見る必要がある。
そこで、まず市場環境や競争環境を踏まえてSTPを整理し、その上で企業・ブランド全体におけるECの役割を検討することにした。
ベンチマーク調査も、この順序に合わせて設計した。
調査したかったのは、世の中のECがそれぞれ何を顧客価値の中心に置き、企業全体の中でどの仕事を担当しているのか、という仮説をまず立てることだった。
そのため対象も、同じ食品カテゴリーの企業だけには限定しなかった。
食品・ギフト・嗜好品・老舗ブランドなど比較的近い企業に加え、Amazon、Wine.com、編集型EC、店舗との関係が強いブランドなど、事業構造の異なる企業も調査対象に含めた。
業界が違っていた方が、むしろイノベーティブなインサイトが出てくる可能性も高い。
調査設計|ECを提供価値で類型化する
ECを提供価値で類型化する。我ながら何を言っているのかわかりにくい見出しだ。
ECを消費者が利用する大きな理由が、店頭に行かなくても買い物ができることや、商品を比較できることであるのは言うまでもない。
ECのジャンル分けといえば、モール型か独自ドメインか、業種別、規模別、総合通販か単品通販か、といった分け方がメジャーだが、今回の調査ではその粒度だと目的に合わない。
今回の「提供価値」は、そこからもう1、2歩踏み込み、消費者が目的を達成するために、そのECが何に重きを置いているのかをジャンルとして分けようという試みである。
そのため、「顧客は、なぜそのECを利用するのか」という基準で分類することで、その用途に対してどのような設計でECが運用されているのかを抽出しようと考えた。
整理したのは、以下の5類型だった。
ECを「顧客がそれを使う理由」で分けた5類型
- 取引効率型|買うものは決まっている
- 選択支援型|欲しいが、決められない
- 発見・探索型|良いものと出会いたい
- ブランド指名型|このブランドから買いたい
- 関係継続型|買った後も関係を続けたい
取引効率型
「買うものは決まっているので、早く、確実に、面倒なく買いたい」
Amazonが最も分かりやすい。
検索、在庫、価格、配送、決済、再購入など、購入までの摩擦をどこまで減らせるかが中心になる。
選択支援型
「商品は欲しいが、選択肢が多く、決めるのが大変」
ワイン専門店などが近い。今回は海外ECのWine.comを対象とした。
商品属性、比較、専門家評価、顧客レビュー、診断、スタッフの推薦などを使い、顧客が判断できる状態を作る。
発見・探索型
「そもそも何を買うか決めておらず、良いものと出会いたい」
編集やキュレーションそのものが価値になるECである。
商品を探すことに加えて、特集やコンテンツを見ながら、知らなかった商品や世界を発見することが来訪理由になる。
ブランド指名型
「この商品カテゴリーが欲しい」より、「このブランドから買いたい」が先にある。
老舗やラグジュアリーブランドなどでは、この比重が大きい。
この場合、他社商品との比較や詳細な診断以上に、正規の商品を安心して購入できることや、ブランドらしい商品・サービスを利用できることが重要になる。
また、このジャンルではギフト需要が大きいため、そのあたりも具体的に調査した。
関係継続型
「買った後も、そのブランドとの関係を続けたい」
ECだけで完結せず、店舗、会員制度、アプリ、イベント、CRMなどと接続するタイプである。
購入履歴や顧客データを使うだけでなく、来店、体験、再購入まで含めて顧客との関係を設計する。
この5類型で企業をきれいに5つへ分類できるかといえば、そうでもない。
実際には、ブランド指名型を中心としながらギフトでは選択支援が強い企業もあるし、選択支援から始まって、購入後は関係継続型の要素が強くなる企業もある。
調査の過程では、どの利用理由を中心に置き、他の価値をどう組み合わせているかも整理された。
この整理をしてから個別企業を見ると、検索やレコメンドといった機能も、それまでとは少し違って見える。
検索機能が高度だから優れているのではなく、その企業の顧客にとって検索が重要だから高度になっている。
ギフト機能が充実している場合にも、機能自体を見る前に、なぜそのブランドが贈答に使われ、顧客のどのような不安や手間をECが引き受けているのかを見る。
店舗連携についても同様で、オンラインとオフラインをつなぐこと自体を評価するのではなく、そもそも店舗とECにどのような役割を分担させているのかを確認する。
そのため実査では、各社を共通して以下の順序で見ていった。
各社を共通して見ていった順序
- 誰が利用しているか
- 顧客のどのような課題・欲求を解決しているか
- そのECを利用する中心的な理由は何か
- ECが企業全体の中で何を担当しているか
- 店舗や人、他のチャネルに何を残しているか
- その設計を成立させているブランド、商品、専門知識、店舗、データ等の資産は何か
海外ECについては、さらに調査軸を追加した。
海外へ発送できること、現地言語で理解できること、通貨・決済・関税・配送等の摩擦を処理することに加え、その市場の顧客が「なぜこの商品を買うのか」まで現地向けに組み直しているかを見る。
この部分は、後にGODIVAや一保堂、Fortnum & Masonなどを調べていく中で、興味深い発見も多々あった。
ちなみに、別のコラムで海外ECとしての適応度を段階分けした話も以前にしている。その際のレイヤー分けはこんな感じだった。
ローカライズレベル
- Level 1|共通のUI/UX
- Level 2|現地の商習慣に合わせた決済・配送UX
- Level 3|現地の生活や文化に合わせたマーケティングレベルでの適合
カルチャー売りする際の文化翻訳
- Level 1|文化的な記号を載せる
- Level 2|文化的な由来を説明する
- Level 3|商品仕様そのものに文化が入る
- Level 4|使用・消費体験に文化が入る
今回の調査ではこれらにそこまで重きを置いてはいないが、それぞれ一定の調査は行った。このあたりは長くなるので、本記事で触れるのは限定的になる。
Wine.comは判断材料を増やし、Fortnum & Masonはブランドが判断を引き受ける
Wine.com|プロ評価と一般評価はほとんど相関しなかった
5つの類型に分けて調査を進めていく中で、最初に面白い対比が出たのが、選択支援型として見ていたWine.comと、ブランド指名型として見ていたFortnum & Masonだった。
Wine.comは米国最大級のワインECで、実査時にはWineカテゴリーだけでも13,000商品以上が掲載されていた。
ワインはただでさえ選ぶのが難しい。
品種、産地、生産者、ヴィンテージ、価格、味の特徴など判断材料が多い上に、知識が増えるほど見るべき項目も増えていく。
Wine.comではこれらの商品属性に加えて、ワイン評論家などによるProfessional Scoreと、購入者によるCustomer Ratingも掲載されている。
このProfessional Scoreが古いようで新しいなと思い興味を持った。
そして調査を進めていく中で気になったのが、この2つの評価はどれくらい一致しているのかという点だった。
つまりプロ評価と一般評価を以下の4象限に分けて、どうなっているのかも分析してみた。
- プロの評価も一般の評価も高いワイン
- プロの評価は高いが、一般の評価は低いワイン
- プロの評価は低いが、一般の評価は高いワイン
- プロの評価も一般の評価も低いワイン
Professional ScoreとCustomer Ratingの双方を取得できる商品を70程度ピックアップし、追加で分析してみた結果が興味深い。
まず、今回取得したサンプルでは両者の相関係数は0.1前後だった。
つまりほとんど相関していないと言ってよい水準である。
Professional Scoreは高いのにCustomer Ratingはそこまで高くない商品もあれば、その逆も普通に存在する。
もちろん、レビュー数や商品構成などの影響もあるため、この結果だけでワイン市場全体について何かを断定するものではない。
ただ、選択支援型ECという観点では非常に面白かった。
Wine.com|専門家と一般客に「別の物差し」を同時に渡す
専門家が見ているのは、構造、複雑性、熟成可能性、産地の特徴などである。一方、一般顧客は飲みやすさや分かりやすい美味しさ、価格に対する満足度など、違う軸で評価している可能性が高そうなのが見受けられた。
つまり、Professional ScoreとCustomer Ratingは同じ「評価」という名前が付いていても、顧客に渡している判断材料がそもそも違う。
Wine.comは商品情報を一つの正解に集約するのではなく、専門家から見た評価と消費者から見た評価を併存させている。
選択支援というと、AIで最適な商品を推薦する、診断コンテンツを用意する、レコメンドを高度化するといった方向を考えがちだが、「判断するための異なる物差しを揃える」という方法もある。
これは1つのECサイトにプロも一般客も混在する場合に非常に秀逸な構成だと感心した。
一応専門家なので感心している場合じゃないのかもしれないが、これは今回のようなマーケティング戦略を検討するという趣旨の調査でなければ、これが持つ意味についても深く考えることなく見落としてしまう可能性のあるポイントであると思う。
Fortnum & Mason|贈り手がブランドの鑑識眼を借りる
では、ブランド指名型ではどうか。
今回かなり詳しく調査したFortnum & Masonは、1707年創業の英国を代表する老舗で、紅茶、菓子、食品、Hamperなど幅広い商品を販売している。
ここではWine.comとはかなり違うことが起きていた。
紅茶も個人的にはセイロンティーとアールグレイティーの違いくらいはなんとなく分かる。が、紅茶に関して詳しいか、そしてそこまで自分が何かこだわって定期的に購入しているかと言われればそうでもない。つまりどれを選べばいいかはイマイチわからない。
そういう意味で、Fortnum & Masonが紅茶初心者に対して選びやすいUI/UXを提供すれば選択支援となり、CVRが向上するかもしれない、という話にEC支援事業者や広告運用担当者はなりがちだ。
Fortnum & MasonのTeaカテゴリーを見ると、商品詳細には味や強さ、産地、淹れ方など相応の情報があるものの、商品一覧から自分の嗜好を細かく入力し、何十種類もの紅茶から最適解を導き出すような設計が前面に出ているわけではない。
一方、ギフト側はかなり厚い。
Occasion、Recipient、価格帯から選ぶことができ、Hamper、Gift Message、複数配送、Address Book、Occasion Reminderがあり、さらに複雑な依頼にはConciergeも存在する。
明確にギフトに力が入っているブランドであることが読み取れる。
そして、Fortnum & Masonでギフトを買う顧客は、自分自身が紅茶や食品の専門家になる必要がない。
何十商品も比較し、自分の鑑識眼で最適解を証明しなくても、相手の好みがわからなくても、「Fortnum'sが選んでいる」「Fortnum'sのHamperに入っている」「Fortnum'sから届く」ことで、贈り物として一定の意味が成立する。
要は、贈り手がブランドの鑑識眼や信用を借りられる。
Wine.comでは、顧客が自分で判断できるように材料を増やしている。
Fortnum & Masonでは、ブランドそのものがある程度判断を引き受けている。
同じ「商品を選ぶ」という行為でもかなり違う。
機能比較だけをしていたら、おそらく「Wine.comは検索・絞り込み・評価情報が強い」「Fortnumはギフト機能が強い」で終わっていたと思ってしまうし、長期的な戦略無しに短期のCVR最適化という文脈でUI改善を考えると、Fortnumはもっと選びやすくするように検索やフィルタ機能を充実させようという話になりかねない。
しかし提供価値の類型から見ると、どんな顧客にどのような買い物体験を提供し、どんな顧客を大事にしていこうと考えているのか、またECサイトのフェーズとしてどのくらいのシェアを狙いにいくためにどこからどこまでの客層をカバーしているのかというのが見えてくる。
「顧客自身に判断してもらうのか」
「企業やブランドが判断を引き受けるのか」
というECの設計思想の違いが見えることで、今回ECをジャンル分けして調査した意味を最初に実感したのは、この辺りだった。
GODIVAは「贈る理由」を変え、一保堂は「選択肢」を減らした
GODIVA|日本は関係性、米国はOccasionからギフトを選ぶ
海外ECの調査でも、似たようなことが起きた。
これまで越境ECの支援をしていると、ローカライズという言葉はどうしても言語、通貨、決済、関税、配送などの話になりやすい。
もちろんこれらは重要で、買えなければ話にならない。
ただ、今回の調査では別のレイヤーにある「そもそも現地の顧客は何を理由に買うのか」を比較した。
分かりやすかったのがGODIVAの日本ECと米国ECである。
ブランドは同じGODIVAで、主力商品もチョコレート。どちらの市場でもギフト需要は大きい。
にもかかわらず、ギフトの入口を見ていくとかなり違う。
日本では、お中元、お祝い、お返し・内祝い、お手土産、法人贈答など、相手との関係性や贈答の文脈が細かく分かれている。
当然ながら、のし、包装、手提げ袋、個包装、賞味期限なども商品選択に関係してくる。
一方、米国ではBirthday、Thank You、Congratulations、Wedding、Anniversary、Holidayなど、Occasionが中心になる。
同じ「ギフトを探す」という行動でも、日本では「この関係性、この場面で何を贈れば適切か」という要素が強く、米国では「この出来事に対して何を贈るか」、「ギフトにどんな感情を込めるか」、という考え方が前面に出る。
したがって、同じチョコレートを売るにしても、顧客を商品まで案内する道筋が変わる。
これを見ていると、グローバルECのローカライズは、国内サイトを翻訳し、現地通貨と決済を入れて終わりという話ではないことがよく分かる。
「その商品を買う理由」自体を市場に合わせて編集する必要がある。
一保堂|北米では商品数を絞り、選択支援を厚くする
もう一つ面白かったのが、一保堂茶舗 / Ippodo Teaだった。
このサイトは個人的には散々見ているので調査する前から一定知っていることも多かった。
今回は、日本公式、Global、USA & Canada、外部販売チャネルまで横断して調べた。
特に日本とUSA & Canadaを比べると、USA & Canadaでは単純に日本の商品を英語にして並べているわけではない。
商品数を絞る一方で、Flavor、Quiz、Recipe、Review、Subscriptionなど、選ぶための情報や買った後に使うための情報が厚くなっている。
抹茶は直近Hotなカテゴリーではある一方で、国内と海外だと利用する客層や前提となる文化的背景などについての理解度に差がある。
日本であれば、商品カテゴリーの違いや飲み方について一定の前提知識を持った顧客も多い。
その環境では細かな商品差をそのまま選択肢として提示しても、ある程度自分で選べる。
しかし、商品文化そのものに馴染みのない市場に同じ商品体系をそのまま持っていくと、豊富な品揃えがそのまま選びにくさにもなり得る。判断の基準となるのは価格とパッケージデザインみたいな話になってしまいかねない。
一保堂茶舗 / Ippodo Teaの認知されているイメージは、ちょっと雑な言い方になるが、オーセンティックで最高品質の京都宇治のお茶だ。それを日本と比べてお茶を飲んで育っていない、matchagirlyの市場で提供する。そのためにかなり選択支援になるようなコンテンツが用意されていた。
また、商品詳細ページには、代表のコメントで、このお茶の今年の出来や品質が書いてある。最高品質であることの裏付けとしてのコミットメントが文章から読み取れる。
これも、ただスタッフレコメンドのように書いてあるのとは違い、ブランドの立ち位置、市場の競争環境など踏まえて、自分達が何者で、何を提供しているのかを分かって書かれているものであろうと思われる。非常に秀逸だ。
海外EC|商品にたどり着くまでの思考プロセスを市場ごとに組み直す
GODIVAと一保堂ではやっていることが違う。
GODIVAは、市場ごとに「何のために買うのか」をローカライズしている。
一保堂は、市場の理解度に合わせて「何を選ばせるか」と「どう理解させるか」のバランスを変えている。
両者に共通しているのは、日本のECをそのまま英語に置き換える発想ではないことである。
グローバルECでは、商品そのものを変えなくても、
- 誰が買うのか。
- なぜ買うのか。
- どの順番で理解するのか。
- どこまで選択肢を見せるのか。
といった商品にたどり着くまでの思考プロセスを市場ごとに作り直すことが必要になる。
先ほど2章で、文化翻訳やローカライズのレイヤーについて少し触れたが、実際に企業を比較すると、この辺りはかなり具体的に見えた。
Wine.comのデータ、Fortnumの信用、一保堂の商品編集力
各社のECを成立させていた企業資産
調査を始めた時点では、当然ながら各ECの機能もかなり細かく見ていた。
検索、絞り込み、商品詳細、レビュー、ギフト、会員、CRM、店舗連携など、比較項目を作ればいくらでも増やすことができる。
ただ、調査を進めるほど、私自身が見るようになったのは、その機能よりも「なぜこの企業ではこのECの形が成立するのか」という部分だった。
例えばWine.comの選択支援を参考にしようと思っても、同じUIを実装すれば再現できるわけではない。
大量の商品について、品種、産地、ヴィンテージ、価格、味などの属性情報を持ち、さらにProfessional ScoreやCustomer Ratingを継続的に蓄積できるデータ基盤がある。
それがあるから、顧客に多様な選び方を提供できる。
Fortnum & Masonも同じである。
Hamper BuilderやOccasion Reminderだけを作っても、Fortnumのギフト体験にはならない。
300年以上積み上げたブランド、贈答ブランドとしての信用、象徴的なパッケージ、幅広い商品群、商品を編集する力、それを実際に届ける物流まで揃って初めて成立している。
一保堂の場合には、日本茶についての商品知識や商品体系を持っているからこそ、海外市場に対して「何を残し、何を削り、どう説明するか」を編集できる。
GODIVAも、長年各国で事業を行い、それぞれの市場における贈答需要を理解しているからこそ、同じブランドを市場ごとの購買文脈に合わせられる。
こうして見ていくと、ECの画面はある意味、その企業が持っている資産が表面に出てきたものとも言える。
- Wine.comであれば商品データと評価データ。
- Fortnumであればブランドと贈答に対する信用。
- 一保堂であれば専門性と商品を編集する力。
- GODIVAであればグローバルブランドと各市場で蓄積した商習慣への理解。
逆に言えば、自社が持っていない資産を前提に成立している他社の機能を、そのままベストプラクティスとして持ってきても、同じ結果にはならない。
これは当たり前と言えば当たり前なのだが、実際に何十社も横断して見ていくと、この差がかなり露骨に見える。
各社の顧客価値を、自社の資産と照らし合わせる
そして、この辺りから今回のベンチマークの使い方も少し変わっていった。
「他社に何があって、自社に何がないか」を探すより、
- 各社は何を顧客価値の中心に置いているのか。
- その価値はどんな企業資産によって成立しているのか。
- 自社が持つ資産なら、どの方向に伸ばせるのか。
を考える材料として使う方が、中長期戦略の議論には圧倒的に有用だった。
最終的には、次の順序を行き来しながら、自社にとっての選択肢を整理していくことになった。
ベンチマークを自社の戦略に落とすまでの順序
- 顧客がそのECを使う理由
- ECが担う役割
- それを成立させる企業資産
- 必要となる機能や組織、KPI
ここまで来ると、ベンチマークは他社の成功事例を探すための調査というより、自社が取り得る戦略の幅を広げるための調査になってくる。
ECサイト構築の依頼の際には99.999%の確率で「同業の事例ありますか?」と聞かれる。ある場合もあればない場合もあるんだが、結局事例を見たり紹介したりしても、そこから何をエッセンスとして抽出するのか、同業だけ、同じ規模だけで十分なのかという話になると、そこは我々専門家の腕の見せ所だなと改めて感じた。
最後は自社の現在地とターゲットに戻る
現在できていること・できていないことから方向を決める
ここまで色々なECを見てきたが、当然ながら最終的に決めるべきなのは、どの企業を真似するかではない。
実際のプロジェクトでは、自社で現在できていること、できていないこと、今後やりたいことを整理し、それを今後重視したいターゲット層と照らし合わせながら、コンテンツ戦略やサイト改善の方向を決めていった。
詳細については全てを明かすことはできないが、この整理はサイトのUIやコンテンツだけに留まらない。
広告予算やKPIにも共通の判断基準を持たせる
例えば広告予算のアロケーション一つを取っても、「新規顧客」という言葉をどこまでの範囲で定義するのか、既存顧客に広告費を使うのであれば誰に、どのタイミングで、何を目的に配信するのか、といったところまで議論がつながっていく。
もちろん広告運用ではCPAやROASを見るし、短期的な収益性を無視するわけではない。
ただ、それだけで毎回判断していると、施策ごとには合理的でも、数年単位で見るとどこへ向かっているのか分からなくなりやすい。
今回のように、どの市場で、どの顧客に、どのような価値を提供し、その中でECに何を担わせるかを先に整理しておくと、個別施策にもある程度一貫した判断基準を持たせることができる。
広告だけではない。
- どのコンテンツを増やすのか。
- どの商品情報を充実させるのか。
- どの顧客行動をKPIとして追うのか。
- 店舗とECの関係をどう見るのか。
- どの競合や市場データを継続的に観測するのか。
こうした個別の判断にも、今回整理した方向性が少しずつ反映されていった。
定点観測する数字や企業の見え方も変わる
個人的には、定点観測する数字や企業の見え方が変わったことも大きかった。
同じ競合サイトや市場データを毎月見ていても、「何か変わったか」を漫然と追うのと、自社がどの顧客を取りにいき、何を競争優位にしようとしているかを決めた上で見るのとでは、情報の意味がかなり変わる。
今回のベンチマーク調査は、その意味でも単発の競合調査では終わらなかった。
おわりに|同業事例から何を抽出するかが、ベンチマークの価値を決める
同業事例を見ることには意味がある。
ただ、今回改めてかなり幅広くベンチマークして再認識したのは、事例そのものよりも、そこから何を抽出するかの方がはるかに重要だということだった。
- Wine.comにProfessional Scoreがあるから、自社にも専門家評価を入れる。
- Fortnum & MasonにHamper Builderがあるから、自社にも似たギフト機能を作る。
- 一保堂のように代表者のコメントを商品ページに入れる。
そういう取り入れ方では、おそらくあまり意味がない。
- Wine.comであれば、専門家評価と一般顧客評価が異なる物差しとして機能する顧客構造があるのか。
- Fortnumであれば、自社には顧客の代わりに判断を引き受けられるだけの信用や専門性があるのか。
- 一保堂であれば、その市場の顧客は何を理解していて、何を理解していないのか。
- GODIVAであれば、その市場では誰が、誰に、何のために商品を贈っているのか。
そこまで戻って考えて初めて、事例が自社にとって意味のある材料になる。
今回、食品やギフトのような比較的近い業界だけでなく、Wine.comやAmazonなど事業構造の異なるECまで調査対象を広げたのも、そのためだった。
同業には同業の学びがある。
一方で、業界が違う企業を見ることで、自分たちが当然だと思っている前提が外れることもある。
特に今回のように中長期の戦略を考える場合、「同じ業界でみんなが何をしているか」だけを見ていると、結局似たような選択肢しか出てこない。
違う業界のECが、どんな顧客課題を、どんな資産を使って解いているのかを見ると、自社ではこれまで考えていなかった役割が見えてくることがある。
今回のプロジェクトでは、最終的に現在できていること、できていないこと、今後やりたいこと、想定するターゲット層を整理し、その上でコンテンツ戦略、サイト改善、広告、CRM、定点観測する指標などへ具体化していった。
ベンチマークは、その途中にある一つの工程に過ぎない。
ただ、最初に「同業の良いECを探す」という設計にしていたら、ここまで選択肢は広がらなかったと思う。
関連コラム:海外ECはどこまで世界共通なのか?|日本と6市場の商習慣比較から考える、「買い物の常識」とローカライズの境界(本記事の海外EC章で触れたローカライズのレイヤーを、日本と6市場の商習慣比較から整理した回)
関連コラム:高級ブランドのECはテキストが少ない方が良いのか|余白の美学と、ブランドの奥行きに導く情報設計(Fortnum & Masonのようにブランドが判断を引き受けるECで、情報をどこまで見せるべきかを考えた回)



