最近、キャンプ用品をせっせと購入しています。
キャンプ用品の世界を見ていると、小規模なガレージブランドを中心に、抽選販売、数量限定、販売日時を指定したドロップ形式、受注生産といった販売方法が非常に多いことに気づきます。
新商品の発売日時がSNSで告知され、販売開始と同時に完売する。抽選に当選した人は喜びを投稿し、落選した人は次回の販売を待つ。人気商品には定価を大きく上回る中古価格が付くこともあります。
こうした販売方法は、一般には「品薄マーケティング」、あるいは一部では「飢餓マーケティング」と呼ばれています。
言葉だけを聞くと、意図的に商品を少なく見せて消費者を焦らせる、少しチープな小手先の施策にも見えます。
しかし、あらためて考えてみると、品薄マーケティングには、在庫やキャッシュフローといった経営上の合理性だけでなく、消費者心理、ブランド形成、EC、SNS、動画、コミュニティまでが複雑に絡み合っています。
今回は、品薄マーケティングを礼賛するのでも否定するのでもなく、まず前編として「なぜこれほど効果があるのか」を整理してみたいと思います。
後編では、その裏側にあるブランドロイヤリティの低下、購入後の後悔、転売、顧客間の分断といった副作用について考えます。
キャンプ用品から盆栽まで、人は「手に入りにくいもの」に惹かれる
手に入りにくいものほど欲しくなるという感覚は、最近のキャンプ用品に限った話ではありません。
例えば盆栽の世界では、樹木の古さや樹形の珍しさ、同じ姿を再現するまでに必要な年月などが、価格を大きく左右します。
単純な鑑賞価値だけでなく、「同じものを短期間では作れない」という時間的な希少性が、そのまま価値の一部になっています。
多肉植物にも似た構造があります。
植物本来の美しさや管理のしやすさだけで価格が決まるわけではありません。
成長が遅い、株を増やすことが難しい、流通量が少ない、育成が難しく枯れやすいといった理由で、驚くほど高額になる品種も存在します。
実用品として考えるのであれば、丈夫で、管理しやすく、簡単に増やせる植物の方が優秀かもしれません。
それでも市場では、増やしにくく、維持することさえ難しいものに高値が付きます。
ここには、機能や利便性だけでは説明できない価値があります。
- 希少であること。
- 所有するまでに時間や知識が必要であること。
- 同じものを持つ人が少ないこと。
- 手に入れた経緯そのものを語れること。
人は商品そのものだけでなく、その背景にある入手困難性や再現困難性、物語にもお金を払っています。
そう考えると、キャンプ用品で広がる限定販売も、まったく新しい現象ではありません。
昔から存在していた人間の希少性への欲求を、EC、SNS、動画、抽選システムといった現代の仕組みが増幅しているのだと思います。
経営学では、品薄はむしろ合理的である
品薄マーケティングは、経営学やSMBの文脈では、キャッシュフローや利益率の話としてよく語られます。
大量に商品を作り、売れ残った在庫を値引きして処分するよりも、少量生産や受注生産によって在庫を抑え、高い粗利率を維持する。
注文を受けてから生産すれば、需要予測を外すリスクも小さくなります。
資金力に限りがある小規模企業にとって、
- 在庫を抱えない
- 値引きをしない
- 先に注文を確保する
- 限られた生産能力を高粗利商品に集中する
という考え方が合理的なのは、ある意味では常識です。
特に「売上規模より利益率こそ正義」というSMBの考え方において、品薄や受注生産は奇抜なマーケティングではありません。
むしろ、小規模企業が生き残るための基本的な経営戦略に近いものです。
ただし、それだけであれば単なる在庫管理やキャッシュフロー改善の話で終わります。
品薄マーケティングが面白いのは、供給を絞るという経営上の合理性が、消費者の心理と結びつき、本来の需要以上の期待や話題を生み出す点にあります。
小規模企業にとって、本来は生産能力の低さや供給量の少なさは弱点です。
しかし、その制約を「少量生産」「職人による製造」「数量限定」「次回生産未定」という物語に変換できれば、弱点がブランドの個性になります。
もちろん、単に作れないだけでは価値にはなりません。
品質を維持するため、素材の調達量が限られているため、少人数で丁寧に作っているため、といった消費者が納得できる理由が必要です。
供給制約がブランドの文脈と結びついたとき、品薄は欠点ではなくなります。
品薄マーケティングを構成する4つの考え方
「品薄マーケティング」は、一つの厳密なマーケティング理論というより、複数の心理効果や販売設計をまとめた呼び方です。
海外では、近しい現象がいくつかの言葉に分けて語られています。
Scarcity Marketing
手に入りにくいものや数量が限られているものを、実際以上に価値が高いと感じやすい心理を利用する考え方です。
数量限定、期間限定、残りわずか、再販未定などが代表的です。
FOMO Marketing
FOMOとは「Fear of Missing Out」、つまり「この機会を逃したくない」という感情です。
単純に欲しいから買うのではなく、「今回買わなければ、次は手に入らないかもしれない」という不安が、意思決定を早めます。
Hype Marketing
発売前から期待や話題性を高め、商品発売そのものを一つのイベントに変える考え方です。
ティザー、発売日の予告、カウントダウン、インフルエンサーへの先行提供、抽選結果、完売報告などが、熱狂をつくります。
ExclusivityとDrop Model
会員限定、招待制、抽選販売、特定日時のみの販売などによって、購入機会に排他性やイベント性を持たせる設計です。
誰でもいつでも買える商品ではないことが、所有する意味を高めます。
日本では、これらをまとめて「品薄マーケティング」、一部では「飢餓マーケティング」と呼ぶことがあります。
この記事では分かりやすさを優先し、
この記事で扱う「品薄マーケティング」
- 希少性や入手困難性を利用し、商品への期待、購入意欲、話題性を高める一連の販売設計。
をまとめて品薄マーケティングと呼びたいと思います。
商品と同じくらい、ショッピング体験も消費されている
通常のECでは、ショッピング体験は商品を手に入れるための手段として設計されます。
商品を探し、比較し、カートに入れ、決済し、受け取る。
購入までの障害は少ない方がよく、欲しい商品を簡単に買えることが優れた顧客体験だとされます。
品薄マーケティングでは、この考え方が少し変わります。
- 新商品の情報を発見する。
- ティザーや開発ストーリーを見る。
- 発売日を待つ。
- 抽選に申し込む。
- 当落を確認する。
- 商品が届くのを待つ。
- 開封する。
- 実際に使用する。
- レビューや感想を共有する。
商品そのものだけでなく、商品を知ってから所有し、使用するまでの一連の流れにも楽しみが生まれます。
YouTubeでは、商品の性能や使用感を詳しく紹介するレビュー動画に大きな需要があります。
その一方で、ガチャ動画、福袋の開封、抽選結果、限定商品の開封動画にも同じように需要があります。
視聴者は、必ずしもその商品を購入したいから見ているわけではありません。
- 何が出るのか。
- 当たるのか。
- 期待どおりなのか。
- 得をしたのか、損をしたのか。
そこに含まれる不確実性や感情の動き自体が、コンテンツになっています。
ここで、商品よりも購入体験の方が重要だと言い切るのは違うと思います。
商品のレビュー動画にも、抽選や開封動画と同じくらい需要があります。
正確には、
商品そのものの価値と、その商品を手に入れる前後の体験価値が並列になっている。
ということではないでしょうか。
品薄マーケティングは、商品の価値を体験に置き換える手法ではありません。
商品を中心に、発売前の期待、抽選の緊張感、当選時の高揚感、開封、使用、共有という楽しみを前後に拡張する手法です。
普通の商品であれば、購入して届いた時点でショッピング体験はほぼ終了します。
しかし限定商品では、購入までの過程も、購入後に人へ話すことも、一つの長いコンテンツになります。
品薄マーケティングは、ECと現代のチャネルに適している
この「商品を中心に前後の体験を広げる」という構造は、現在のマーケティング環境と非常に相性がよいものです。
一つの商品から、さまざまなコンテンツと顧客接点が生まれます。
- InstagramやXでは、ティザーや発売日の告知が行われます。
- YouTubeでは、商品紹介、開発背景、先行レビューが公開されます。
- ECサイトでは、抽選応募、会員登録、購入が行われます。
- メールやLINEでは、発売通知、当選結果、再販情報が届きます。
- 購入後には、顧客自身が当選報告、開封動画、使用レビューを投稿します。
通常のECでは、広告から商品ページへ顧客を誘導し、購入されれば一連の施策は終了しがちです。
一方、限定商品では販売前から販売後まで、何度も顧客との接点が生まれます。
さらに、商品を買えなかった人も、再販通知や次回の商品情報を受け取るために、会員登録、メール、LINEなどに残ります。
購入に至らなかった顧客まで、将来のマーケティング資産になる可能性があります。
つまり品薄マーケティングは、単に商品を売る手法ではありません。
SNS、動画、EC、CRMを横断するコンテンツ生成装置として機能します。
一つの商品から、発売予告、開発ストーリー、抽選、当選報告、開封、レビュー、再販待ちという複数のコンテンツが生まれる。
広告費を使って企業側だけが情報を発信するのではなく、消費者自身がブランドの話題を広げてくれる点も大きな特徴です。
ただし、ここで注意すべきなのは、応募者数や会員登録者数が増えれば、それだけでCRMが成功したとは限らないことです。
抽選に応募するためだけに登録した顧客と、定番商品を継続的に買う顧客では、ブランドに求めているものが異なります。
この違いは、後編で触れる品薄マーケティングの難しさにもつながります。
品薄マーケティングは、一種のラグジュアリーである
品薄マーケティングについて考えていると、これは一種のラグジュアリーなのではないかと思います。
ラグジュアリーとは、単に価格が高い商品を意味するわけではありません。
品薄がまとうラグジュアリーの要素
- 誰でも簡単に手に入れられないこと。
- 所有するまでに時間や手間がかかること。
- 所有者が限られていること。
- 入手した経緯そのものに物語があること。
- 機能だけでは説明できない満足感があること。
こうした要素まで含めると、品薄マーケティングはラグジュアリーとよく似た構造を持っています。
高級時計や高級車でなくても、少量生産のキャンプ用品、限定スニーカー、珍しい植物、抽選販売のキャラクター商品は、所有者に小さなラグジュアリー体験を提供します。
数万円の商品であっても、
- 「持っている人が少ない」
- 「その商品の存在や購入方法を知っている人が限られる」
- 「抽選や発売日に参加した物語がある」
- 「所有者同士に共通認識が生まれる」
のであれば、そこには機能価値だけでは説明できない満足があります。
特にSNSによって所有物が他人から見えやすくなった現代では、希少な商品を持つことが、一種の社会的シグナルになります。
- そのブランドを知っている。
- 早い段階から注目している。
- コミュニティの内側にいる。
- 他人とは異なる選択をしている。
そうした意味が、商品の機能や品質に重なります。
少し意地悪な言い方をすれば、商品そのものだけでなく、「その商品を持っている自分がどう見えるか」を購入しているとも言えます。
しかし、それを偽物の価値だと切り捨てるのも違います。
ファッション、車、時計、住宅、アート、レストランなど、消費には以前から社会的な意味や自己表現が含まれていました。
SNSによって、それが見えやすく、拡散されやすくなっただけとも考えられます。
品薄マーケティングは、一般的な商品にも、一時的なラグジュアリー性を付与する手法なのです。
希少性は、本当に価値なのか
ここまで、品薄マーケティングが生み出す価値について説明してきました。
ただし、希少であること自体が、本当に価値なのでしょうか。
最も正統派な考え方をすれば、希少性が価値になるのは、長期的な資産価値と結びついた場合です。
供給量が少ないだけでなく、長期的に需要が維持され、価値が下がりにくい。場合によっては、中古市場で購入価格以上の価格が付く。
そこまで含めて初めて、希少性が経済的な価値になったと言えます。
限定数を強調して販売しても、数年後に誰も欲しがらなければ、資産価値としての希少性は成立しません。
一方で、現代の消費を資産価値だけで説明することもできません。
希少な商品を所有することで得られる承認、自己表現、参加感、当選体験、コミュニティ内での会話も、消費者が求める価値の一つです。
昨今の過剰な承認欲求を、無条件に肯定する必要はないと思います。
限定であることに煽られ、本来必要のないものを購入する。SNSへ投稿することが目的になり、実際にはほとんど使わない。そうした消費が健全なのかという疑問は残ります。
それでも、承認されたい、他人と違うものを持ちたい、コミュニティへ参加したい、抽選や開封を楽しみたいというニーズを捉えている以上、一定の価値を提供していることも事実です。
そして最終的に、その商品に価値があったかどうかを決めるのは、企業でも評論家でもありません。
購入者本人です。
購入後に、
- 「高かったが、所有しているだけで満足している」
- 「友人との会話が増えた」
- 「抽選から開封まで含めて楽しかった」
- 「長く使い続けたい」
と感じるのであれば、その人にとって価値はあったのでしょう。
反対に、購入直後は高揚していても、時間が経ってから、
- 「なぜこれを買ったのだろう」
- 「限定という言葉に反応しただけだった」
- 「実際にはほとんど使わなかった」
と思うのであれば、その価値は一時的なものだったのかもしれません。
希少性は、それ自体では価値ではありません。
しかし、希少性によって生まれる資産性、社会的意味、感情、体験に購入者が満足するのであれば、それは確かに価値になり得ます。
そして、その価値が本物だったかどうかは、商品が完売した瞬間ではなく、購入者の熱狂が冷めた後に決まります。
おわりに|品薄マーケティングは、商品を少なくするだけの施策ではない
品薄マーケティングは、在庫を絞って消費者を焦らせるだけの手法ではありません。
経営面では、在庫リスクを抑え、値引きを避け、利益率とキャッシュフローを改善する合理性があります。
マーケティング面では、Scarcity、FOMO、Hype、Exclusivityを組み合わせ、商品の発売前から購入後まで、さまざまな顧客接点を生み出します。
そしてブランド面では、一般的な商品に入手困難性、物語、社会的意味を重ね、一種のラグジュアリー性を与えます。
品薄マーケティングの本当の強さは、商品を高く売れることだけではありません。
商品そのものの価値を中心に、期待、抽選、開封、使用、共有というショッピング体験を広げられることにあります。
しかし、効果が強い手法には、当然ながら大きな副作用もあります。
当選者が熱狂する裏側では、多くの落選者が生まれます。
FOMOが購買意欲を高める一方で、購入後の後悔も増幅します。
希少性が商品の本質的な価値を追い越せば、ブランドは商品改善より話題作りに依存するようになります。
さらに、ブランドが一定規模を超えれば、顧客データベースの中には、限定商品による刺激を求める顧客と、定番商品を安心して買いたい顧客が同時に存在するようになります。
品薄マーケティングは、強力で合理的な手法です。
だからこそ、その効果だけでなく、何を消耗しているのかまで見る必要があります。
後編では、品薄マーケティングがブランドロイヤリティを削る構造と、ブランドを育てる品薄、壊す品薄の違いについて考えてみたいと思います。
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